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明くる日の土曜日。天気は快晴。
少しばかり気の早いアブラゼミの鳴き声が響く九隠山の麓のバス停に、優と茜は降り立った。
『プシュー』と音を立てて切扉が閉まり、乗客のいなくなった市営バスは方向転換をして来た道を戻っていく。
遠ざかっていくバスの背中をなんとなく見送って、優は「んーっ」と身体を伸ばした。
「『九隠山山麓』かぁー。終点まで乗ったのは初めてだ、俺」
「ここから先は私有地だからね。観光場所でもないし、普通はここまで誰も来ないよ」
対して茜は大きく息を吐き、気合を入れるように両頬を叩く。
二人がここに降り立った目的は遊びやデートなどではもちろんない。この九隠山を私有地とする人物に用があってここに来たのだ。
――勿体付けずに言えば、茜の母親に会うためである。
茜の事前のレクチャーによれば、この九隠山を私有地とする一族の主こそが茜の母親であり、実家であるところの邸宅は中腹に隠れるように構えられているらしい。
その理由は言わずもがな、九隠山の大自然を外敵から身を守る防壁として利用しているのだ。茜曰く、「人に恨まれやすい仕事やってるから」とのこと。
そんな警戒心の強い一族が赤の他人という不審者であるところの優と、一族の関係を断ち追放した茜を、両手(もろて)を挙げて歓迎する訳がない。
故に二人の服装は『いざという時』に動きやすいよう、優はグレーのポロシャツにチノパン、茜は白地のプリントTシャツにカーゴパンツというラフな格好となっている。
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