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背丈は優とそう変わらず、どちらかというと線は細い。黒字のスーツを纏った姿は初々しい新成人のようで、威厳とは程遠いものだ。
それでも優は身震いをした。ひらひらとこちらに手を振る右手の反対側、左手に携えられた日本刀を見て――刀を携えた全体像を捉えて、えも言われぬ緊張感に蝕まれる。
この糸目、そして雰囲気……俺はこいつと対峙した事が、ある。
茜と良く似た艶のある黒髪の少年は、茜と良く似た微笑を浮かべて一礼し、
「ようこそ、九条本家へ。頭首が嫡男、九条翠が歓迎致します。……久しぶりだね、氷室優君。二年前の全国大会ぶりかな」
優の挫折の記憶をガタガタと揺らした。
「お前……だったのかよ」
優に幾度となく苦渋を飲ませた剣道全国大会の覇者――彼こそがその少年剣士。
しかし九条翠という名前に覚えはない……もっとこう、平凡な名前だったはずだが。
「うん、僕だったんだ。理由あって偽名で参加してたから、こうやって驚かせる事になって本当に申し訳ないんだけど……またこうやって君と会えたのは本当に嬉しい。君は間違いなく強かったからね」
「……お世辞なんていらねーよ。お前に何連敗したと思ってんだ」
優はそのお陰で己の器というものを痛感できた。『そのせいで』などと責任転嫁する気は、あの頃ならまだしも現在は毛頭存在しない。
むしろ納得すらしているのだ。特殊な生業を営んでいる九条本家の幹部、そして茜の上をいく兄なのだからと。
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