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すると翠は糸目を微かに開け、その奥から鋭い眼光を覗かせて言った。
「お世辞じゃないよ。僕を本気にさせたのは前にも後にも、君だけだった。だから十五の時に出た最後の大会で、君がいなかったのは残念で仕方なかったんだよ。正直……物足りなかった」
翠からの嬉しい評価、しかし優は全身に鳥肌が立った。今も日本刀は彼の手に鞘ごと握られたままだったが、まるで抜き身の剣先を喉元に突きつけられているような殺気にも似た感覚に、優は思わず膝の力が抜けそうになる。
「翠、やめて」
茜が二人の間に割って入る。その手にはいつしか凶悪なナイフが握られていた。
背に守られる形になった優の視界には、細かく震える茜の全身が映っている。
すると翠はその鋭い眼光を再び糸目の奥に隠し、「わかっているよ」と茜に詫びた。
「僕はもうこちら側に染まりきってるからね。今は手加減できないイコール相手を殺すという事だ。そんな無礼は茜の友人――客人に失礼だとも」
場に漂っていた緊迫感が霧散して、茜は大きく肩で息をつく。構えていたナイフが仕舞われるのを見て、優もゆるゆると肩の力を抜いた。
「頭首――母様は予定ではそろそろ防衛省への招集から戻られるはずだよ。だから先に奥の間まで僕が二人を案内しよう」
翠が懐から小型の通信機を取り出して小声で何やら呟いた後、静かに音を立てながら重厚な門扉が手前に向かって口を開いた。
「こちらへ」と先導する翠の後を追う形で、二人は九条本家の敷地の中へと足を踏み入れる。
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