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「二人を歓迎してるのは僕だけだと思っていいよ。だからお出迎えも無し。申し訳ないけどね」
優の心境を読んだかのように翠は謝罪し、そして玄関の引き戸を開いた。
優のアパートの一室ほどはある広い玄関。その奥に飾られている大きく不気味な般若面に出迎えられ、優は確実に寿命が何年か縮んだ。
檜の香る玄関を抜け、三人は幅のある板張りの廊下を右に左に粛々と進む。
途中で何人か関係者と思われる女性とすれ違ったが、挨拶や言葉を交わしたのは翠のみで、茜と優には一瞥もくれない徹底ぶり。ここまで無視疎外されるといっそ清々しい思いだ。
だがこういった悪しき環境も、頭首である茜の母親が改心すれば変わるはずだ。鶴の一声を引き出せるかが肝心要、そこのみに全力を傾ける。
しばらく廊下を進むと突き当たりに直面した。いや、突き当たりにある一室にと言った方が正しいか。
梅の木に留まるウグイスが描かれた美麗な襖。突き当たりにあるここが『奥の間』と呼ばれる一室なのだろう。
翠に促されるまま入室すると、爽やかな藺草(いぐさ)の香りが鼻に飛び込んできた。
広さは大体三十畳くらいか。しんと静まり返った室内には障子を通して暖かな木漏れ日が差し、奥まった床の間には鮮やかな生け花や高価そうな掛け軸、銘が良さそうな日本刀が数本飾られている。
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