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「じゃあ二人とも、頭首が戻られるまでここで待機するように。戻られたら僕がこちらにお連れしてあげるからね」
床の間の前とその対面にそれぞれ相応の座布団を用意して、翠は一礼し奥の間から退室していった。
「……ふいー」
「氷室、緊張した?」
「さすがにちょっとは……」
盛大に溜息をつきながら、優は床の間の対面に敷かれた座布団にどかっと胡座をかいて座った。ちなみに優は二つ並んだ座布団の手前――出入り口に近い方を選んでいる。確かこちらが下座であるはずだ。
茜はその隣に静かに正座する。ただそれだけの所作なのだが、流れるように繊細な動作はさすが上流育ちと呼べるほどに丁寧だ。これも幼い頃からの英才教育の賜物だろうか。
それにしても、
「まさか鳶沢の兄ちゃんがあいつだったとはな……世間は狭いというか、何かの縁だったりするのかね」
この場合は因縁と呼ぶのが相応しいのだろうが、苦渋を飲まされた優自身が復讐などの物騒な考えを持っていないので当てはまらない。
心のどこかで再挑戦したいという思いはあれど、それは競技としてのルールの中、スポーツマンシップに則って正々堂々行いたいという正の感情によるものでしかない。
「実はわたしもその全国大会で氷室に会ってたんだよ? 声かけたけど、呆然としてたから気付いてなかったでしょ」
「マジで?」
「うん、『惜しかったですね』って一言だけだけど。たまたま時間が合ったから翠の応援に来てたんだ、その時」
「あぁ……悪い、覚えてないや。そりゃまたずいぶんカッコ悪いとこ見せちゃったな」
そう言って優が肩を竦めると、茜は慰めるように薄く微笑みを返した。
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