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けれどそんないら立ちも、1席目が終わってクリーナーで茶席をあらためているうちに凪いで、意識は茶席だけに向いていた。 「樹くん、次の半東(はんとう)やるか?」 水屋に戻ってすぐに、今日の席の亭主を勤める久利生(くりゅう)先生にそう言われて、「わかりました」と軽く頭を下げた。 半東か。 入門から3年、お点前さんと呼ばれる茶席で実際に茶を点てる役も、亭主の補助役として、お点前さんの点てたお茶をお客に出したり説明をする半東も何度か経験している。 ただ稽古場で稽古だけ重ねても、実際の茶事や茶会を経験しなければ上達はしない。 特に一度に多くのお客にお茶を出す大寄せ茶会となると、客層や雰囲気が席ごとにがらりと変わるし、半東にせよお点前さんにせよ、それに応じた対応が求められるわけで、失敗も含めたすべてが稽古に直結する。 だから、先生にやりなさいと言われれば喜んで受ける、というのが当然の姿勢なわけだけど、どうも半東には苦手意識がつきまとう。 人前で話すのが気が重い。 教授の久利生先生の真似はもとよりできないにしても、恭敬さんや山里さんが場の空気をうまく読みながら、相手に合わせて柔軟に話し方を変えているのを見るにつけ、自分はまだまだだと思う。 「確かにまだ硬さはあるけど、まだ3年やそこらで何でも小器用にやれたらおもろないやろ」 恭敬さんにそう言われたことがある。
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