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多分、何かの茶席で半東をつとめたあと、反省めいた言葉を口にしたのだろう、と思う。 恭敬さんの言葉はその通りだし、自分でも小器用にやろうと思ってはいない。 重ねた稽古分の技量以上のものが出せるはずがないのも承知しているつもりだ。 ただ、それで埋められない何か欠落したものが、自分にはあるような落着かなさがいつもつきまとう。 その時は、そばで聞いていた山里さんがとりなすように言葉を継いだのだった。 「樹さんはたたずまいが落ち着いてるし、恭敬さんみたいにペラペラ喋らなくても場は十分もっていますよ」 「山里君、それじゃまるで俺が茶席で漫談してるみたいに聞こえるんやけど?」 「違いましたっけ?」 「失礼な」 気づけばいつもの掛け合いになっていて、それはもう耳に入らなかった。 自分の資質を問うよりも、結局は稽古という修業を地道に続けるしか埋める術はないのだろう。 今日だって、先生が与えてくださった場をむげにしないよう、精一杯努めるしかないのだ。 ……一瞬の迷いを吹っ切って、半東をつとめるべく二席目に向かう心の準備を始めた時だった。 「樹くん、折り入ってお願いがあるんやけど……」 いつの間にかそばに来ていた恭敬さんにがしっと両肩をつかまれた。 ……何だ? 樹くん、なんて敬称つきで呼ぶのがまず胡散臭い。 その上で、折り入ってお願い、ときた。 ……怪しい。
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