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不審をあらわに「何?」と聞こうとして、ここが水屋であることを思い出して「……ですか」と付け加えた。
すると、恭敬さんは今度は久利生先生を見て「久利生先生。勝手を申しますが、樹の半東役、3席目以降でもいいでしょうか」と言った。
唖然とした。
……何をいい出すんだ、この人は。
恭敬さんが一般社中とは立場が違うとはいえ、亭主はあくまで久利生先生なのだし、そんなこと頼むなんて出過ぎている。
それを何よりわきまえているのは恭敬さんのはずなのに、当の本人は至極真面目かつ、必死の表情だ。
何をそこまで思い詰めることがあるんだ?
もともと鷹揚な久利生先生は、そんな恭敬さんの表情をくんでか、意味不明な要求をあっさり了承している。
そして礼を言いながら、恭敬さんはなぜか自分を控室へとぐいぐい押していくのだ。
……何なんだ?
「この忙しい時に何?」
何も言わずにむりやり控室に連れ込まれたらそう言いたくもなるだろう。
それなのに、恭敬さんはさらに思いがけないことを言った。
「すまん、着物貸してくれ!」
は……?
一瞬言われている言葉の意味もわからなかった。
それをこちらが咀嚼する前に、勝手に自分が身に着けている袴の腰ひもをほどかれてその要求を理解する。
「ちょ、何してんだよ!!!」
「今急いでるから! 後でちゃんと説明するって!」
言葉通り、やたら焦りながら恭敬さんは人の着物をはいでいく。
「って、なんだよそれ!? なっ、やめっ……」
――まさか、控室で従兄に襲われる日がくるとは、想像だにしていなかった。
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