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数分後。 「いやぁ、樹くんどうしたん。その……」 つい声を上げてしまった自身の口元を慌てて押えたのは田村さんだ。 すでに茶席にはお客を通しているから、水屋でのちょっとした声でも、静かに席の開始を待つ向こうには筒抜けになる。 他の社中さんからも、苦笑いと憐みを含んだ表情が自分に向けられている。 当然だ。 誰が見ても、襦袢の上に白のカッターシャツを身につけているこの格好は珍妙でしかないだろう。 恭敬さんはこちらの抵抗もものともせず着物を剥ぎ取り、「襦袢は……いいか、Tシャツのままで」と一人ごちながら手早く身に着けた。 茶席に出るには着物は不可欠だが、水屋で点出しを手伝うくらいなら、今の格好で問題はないはずなのに、どうしてそこまでして着物を着たがるんだ。 つまりは……茶席に出たいということか。 そこまでして……どうして? 腹だちと疑問の両方が渦巻く。 当の本人は自分だけ身支度をさっさと整え、「悪いけどこれ、着といて」と、自分の脱いだ白シャツとグレーのスラックスを差し出してきた。 襦袢一枚のこの格好に、それをどうしろというんだよ。 しかし、席はもう始まる。 水屋で点出しをするにしても、下着である襦袢一枚は非礼というものだ。 かといってこのままでスラックスを穿くのは不可能だし、仕方なく白シャツだけを襦袢に羽織って水屋に戻ったのだった。 人の着物と袴をちゃっかり着込んだ恭敬さんは、すっかりご満悦だ。 やけに浮かれた様子で茶道口に近寄っていくのを見て、思わず袖を引いて小声で話しかけた。 「ほんと、何考えてるわけ?」 「いやー、悪いね」 「後で説明するって言っただろ」 ここは水屋だと承知しつつも普段の調子で詰め寄ると、恭敬さんは、口元を緩めながら言った。
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