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「2席目に知り合いがいるんよ」 「知り合いって……まさかそれだけの理由?」 「それだけってことはない。今の俺には重大事」 「重大事」と強い調子で言われて、なんだそれと思う。 茶席で、大事なのはそれじゃないはずだろ。 本来ならば茶とは……、などと説くのもおこがましいはずの相手がこういうことを言うとなると、その知り合いというのは……。 ――女か。 「はー」 わざとらしく目の前でため息をついてやった。 にやけた表情を浮かべる恭敬さんに、振られたばかりと予想した自分の見当はやはり勘違いだったのかと思った。 恭敬さんという人は、浅慮軽薄を前面に押し出しながら、実際は言葉や行動にもかなり気を配っている人だ。 それは京都に住むようになって、稽古や合間の恭敬さんの言動を見ているうちに自然と見えてくるようになった。 それだけでなく、「茶の湯は総合芸術って言われるくらい、幅広い知識と美意識が求められるんよね」の言葉通り、必要となる勉強も当たり前のように続けている。 あくまで、そうと見せないだけだ。 社中さんや周りの人に対してのやわらかい人当たりや、体に叩き込まれている所作の流麗さ、造詣の深さをうかがわせる会話……どれをとっても、茶道家元の嫡子なら誰だって当たり前にできることなのではなくて、陰での研鑽あってのものだと思う。 それなのに、場の調和を第一に考える恭敬さんという人をこんな暴挙に簡単に走らせる対象というと、それしか浮かばない。 となると、これ以上は関らない方が得策だ。 さて、お菓子の準備でも手伝おうか……。
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