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そう言えば、ボタン。 切ることだけに集中していて、ボタンの行方を確認していなかった。 みれば、目の前の女子の手の上にある。 けれどまたパニックを起こしているようで、ボタンを公開しながらただ口をパクパクさせるばかりだ。 広げたその手は女子の胸元にあって、黙って手を伸ばして取り上げるのも憚られる気がした。 そのまま返してくれればいいのに……。 見開く目も、開いたり閉じたりを繰り返す口元も、何か言いたげなのに、言葉にならないらしい。 仕方ない、3度目の指令を出すか。 「深呼吸」 相手も今度は心得た様子で息を吸い、吐く。 ……。 その姿にまた頬が緩んだ。 どうやら自分は、今の状況を面白がっているらしいことに気付いた。 でも、いったい何を面白いと思ったんだ? ……。 その検討もまた後にしよう。そろそろ本気で遅刻する。 それは女子もだろう。 とりあえず、ボタンを返してと口に出そうとしたところで、ようやく言葉がまとまったらしい女子が声を出した。 「すみません! 有難うございます! 紐切らんといてくれて……」 あらためてお礼を言われて少し面食らいながら、「切りにくそうだったから」と素っ気なく返した。 実際その通りだから。 組紐は機械じゃなくて手組みの堅牢そうなものだったし、それより縫い糸のほうがはるかに切りやすい。 それに、2色使いが美しい組紐をわざわざ断ち切るのもしのびない。 おそらく誰だってそう判断するだろうことをしたまでだ。
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