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それならもう、ボタンなんて返してもらわなくていい。
必要なら制服を買った店に行けば、予備ボタンくらいは売っているだろう。
――それ、もういらないから。
そう言おうとして、女子の顔を見た。
……。
多分、今日初めて真っ正面からその目をとらえた、と思う。
なんだ……?
すがるような目に、また口元が緩みそうになった。
なんだろう、この必死な顔。
たかだか下校時刻を聞くだけなのに、決死の覚悟とでも言いたくなるような真剣さだ。
つい笑いそうになるのを抑えるあまり、仏頂面のまま「5時頃?」と答えていた。
何を言ったんだ、自分は……。
ボタンをつけてもらおうなどという気は毛頭ないのに。
面倒ごとは避けたいのに。
向こうはといえば、その返事に力を得たかのように、全身に緊張をみなぎらせながらも口を開いた。
「すみません、お願いします。
今日の5時過ぎに次の駅の改札に来て……
もらっても……いい……ですか?」
……その……。
ここやとベンチとかないから……」
「……」
ただ無言で女子の顔を眺めていたら、最初こそ勢いよく言っていたその声はだんだん小さくなって、最後には消え入りそうになっていく。
……やっぱり、ぜんまい仕掛けの人形だ。
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