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「お客さま出られました」 本日の茶会の1席目の終了を告げる声が、静かに響く。 その言葉を合図に、コロコロクリーナーを持って席に入った。 「樹(たつる)くんは、こっち側をお願いね」 社中(しゃちゅう:同門の師弟、仲間)の田村さんの言葉に「承知しました」と頷きながら返す。 目を凝らしながら田村さんに指示されたあたりの畳や、お客の座る毛氈に落ちた綿ぼこりやゴミを探しては、クリーナーを転がす。 茶会の裏方仕事は優雅なものじゃない。 1つの席が終わったら、ただちに次のお客を迎える準備に追われる。 水屋(みずや:茶を点てたり、準備をする場所)内はもちろん、茶席も道具を新たに並べ直し、佇まいを整えなくてはならないからだ。 けれども、毎席気分をあらためてまっさらな空気を茶席に注ぎこむためのこの作業は、嫌いじゃない。 今日の茶会は、茶道藤野(ふじの)流が担当している西光院(さいこういん)の月釜(つきがま)だ。 月釜とは、寺社などの茶室を使って毎月定期的に行なわれる茶会を言う。 決まった日や曜日が設定されていることが多く、ここでは、毎月第2か第3日曜に開催される。 今回は第2日曜、茶会名は5月だからそのまま「皐月(さつき)茶会」、だ。 京都市内の禅宗大寺院の塔頭の一つである西光院の月釜は、小規模ながら通常非公開の茶室に入れることや、茶道未経験者にも比較的敷居が低いとあって、それなりに知られた茶会だ。 茶の湯を学ぶ側の自分にとっても、いい稽古の場ともなっている。
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