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今日の第一席目の滑り出しはいい感じだったと思う。 茶道口(さどうぐち:点前をする時の出入口)付近で聞いていたが、亭主の先生と正客(しょうきゃく)とのやりとりも難しすぎなくて、和やかだった。 初席の運びがスムーズだと、次の席も自然と気合いが入る。 この調子で1日が滞りなく進むよう、できることに対して意を傾ける作業は、自分の性に合っている。 そんな自分を周りは「真面目」だと言うが、よくわからない。 母親には、「高校生のくせに落ち着き過ぎで、面白みがない」と呆れ声で言われる始末だ。 実のところ自分の今の状況は、母親が茶道藤野流の現家元の妹であるという環境に依るところが大きいと思うけど、そう言ったところで「私はあなたにお茶を強要してないでしょ。勝手にのめり込んでいっただけで」と言われるのがオチだ。 今朝のことを思い出しても、そうだ。 出かける前に西光院の手伝いに行くと告げたら、やんわり笑って「物好きね」と言われた。 つくづく、茶道家元の妹とは思えない発言だ。 もっとも今日の手伝いはイレギュラーに頼まれたものだし、それをあっさり了承した自分は確かに「物好き」なのかもしれないが。 嫁いで「森沢」姓となった母親は茶の世界を嫌っているわけではないし、身内として参加すべき行事は手伝っているけれど、それ以上に距離を縮めようとしないところがある。 だからといって茶会の手伝いに出かけることを咎めているわけでもなさそうだし、「物好きね」の言葉はそのままスルーして「行ってきます」とだけ告げ、着物と袴を入れた鞄を下げてスポーツバイクにまたがった。 行き先は自分にとって伯父にあたる家元の稽古場だ。
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