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皐月茶会の水屋手伝いにあたっている他の社中さんは、直接西光院に集合する。 そうとわかっていても、稽古場へ向かうことにしている。 所帯の小さい藤野流はいつだって人手は足りていないし、一応身内にあたる自分くらい、内弟子の山里さんの手伝いをしないと、と思うのだ。 茶会当日は道具の運び出しだなんだと、朝から内弟子の仕事は山積みなのだから。 「おはようございます」 「おはようございます、早いね」 家元の稽古場に着いて、挨拶がてら母屋に顔を出したら、従兄の恭敬(やすたか)さんが優雅に番茶をすすっていた。 何が早いね、だ。 今は7時半。確かに早いけど、昨日、水屋手伝いの代打をいきなり頼んできたのはアンタじゃないか。 「8時って言ったの、恭敬さんでしょ」 「向こうでよかったのに」 おっとりとそう言う6つ年上の従兄は大学院で学ぶ学生であると同時に、藤野流の次期家元となる立場の人間だ。 正式な後継ぎを意味する「後嗣(こうし)」号を授かって、「若宗匠(わかそうしょう)」と呼ばれる日もそう遠くないだろう。 自分がまだ東京暮らしだった小学生時代、たまに会う従兄はお互い一人兄弟ということもあって、本当の兄みたいな存在だった。 会えば「ヤス兄(にい)」と呼んで後をついて回っていたと思う。 けれど、中学入学のタイミングで親の転勤で東京から京都に移り住んで、物理的な距離は近くなったのに、自分の足が少しずつ遠ざかっていったところがある。
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