1

5/16

137人が本棚に入れています
本棚に追加
/85ページ
これといって何があったわけじゃない。 しいて言えば、他人との関わりが面倒に思えていた頃と重なった、というくらいだろうか。 15歳で正式に藤野流に入門してからは、稽古では自然と「恭敬さん」と呼ぶようになったし、茶の道の先輩という意味も含めて一定の距離をとって接している。 もっとも距離をとっているのは自分だけで、向こうは変わらず「ヤス兄」のテンションでにじり寄ってくるのだけれど。 それにしてもこの人、思ったより元気そうだ。 昨日いきなり西光院の月釜の手伝いに入ってくれと電話してきたときはもっと重い感じだったのに。 落ちた声の調子に、覚えがあった。 あの時も西光院の茶会の時だったんじゃなかったか。 電話ということもあって、つい言ってしまった。 他人事に口を突っ込んでいいことなんてないのに。 「……また、ふられたの?」 案の定、一瞬の沈黙が落ちる。 それでもなんとか立て直したらしく、「なんや、それ」と軽口で返してくる。 この人、どうしていつもこうなんだろう。 周りなんて気にしない軽薄男を装いながら、その実誰よりも繊細に周囲に気を配っているくせに。 解らない人だ。 「恭敬さんが茶会サボるの、俺の知ってる限り今日が2回目。前は女に振られてボロボロになってる時だったでしょ」 「……」 ちくりと言ってやったら、また黙り込んだ。 「もしかしてまた、お茶に全然興味ない~って女と付き合って、結局振られたパターン?」 それなのに、さらにしつこくそう言ってしまった。 顔が見えない相手にここまで言うのは、ほめられた行為じゃない。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

137人が本棚に入れています
本棚に追加