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けれど、そんな前日のやりとりなんかなかったかのように、恭敬さんの様子は変わることなく、西光院で第一席のお客を入れるまですべて手伝ったうえで、社中全員に詫びて去っていったのだった。
なんだ、あれ。
申し訳なさそうにはしていたけど、やけに清々しい表情だった。
フラれて落ち込んでサボるのではなくて、言い訳がましく「急用ができたから」といったのは本当だったんだろうか。
昨日の電話の反応では自分の予想が図星という印象だったけど、見当違いだったのか。
まあ……どうだっていいけど。
恭敬さんの不審な行動への疑念は、一席目が始まり、自分の仕事に没頭し始めたあたりで、すっかり忘れ去っていた。
もうすぐ1席目が終わると言うあたりで、茶席から抹茶碗を引いて水屋に下げているときに、山里さんの意外そうな声が聞こえた。
「恭敬さん、戻ってこられたんですか?」
……戻ってきた?
振り返ると、確かにそこに恭敬さんがいた。
さっきここを出てから20分くらいしか経っていない。
「なんで戻ってきたの?」
そう尋ねた自分の疑問は当然のものだろう。
恭敬さんは予定が変更になったから戻ってきたとかなんとか言い訳がましいことを言ったけど、嘘くさい響きだ。
そのうえ、なんとなく浮き足だった雰囲気が感じられるのがますます妙だ。
一体なんだっていうんだ。
茶会の手伝いは嫌いじゃないからいいけれど、少なからず気にしていた自分がバカバカしくてムッとした。
「今回は立ち直り早いね」
通り過ぎざまにそう毒づいたくらいは許されるだろう。
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