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そんな風に考えていると、カランコロンという可愛らしい音と共に、兵士長殿が店から出てきた。
どうやらそこは、行きは気づかなかったが、どうやら防犯と客の出入りの認識用に、ドアベルを付けている店だったようだ。
数回視線を辺りにやった後、僕を見つけたのか、此方へと歩み寄ってきた。
「冷夏。」
『レイカ。』
「…え?」
ダレかと被って聞こえたその声は、酷く懐かしく優しい、親しみを感じるものだった。
フラッシュバックするのは、自分よりもずっと背の高いお兄さん。
髪と瞳は黒く塗りつぶされたように、全く見えないのに…柔らかな微笑を浮かべた鼻から下は見えていて…
誰…誰なんだ?
こんな記憶、僕には無いのに…
「ん?どうしたんだ?」
そんな脳内の混乱など、他人には分かる訳もなく、反応のない僕を不思議に思ったのか、そう問いかけてきた。
いや、聞かれたとしても、おいそれと他人に話す訳にもいかない。
不特定な情報など、他人には無価値同然。
むしろ話された方が困るだろう。
「い、いや…何でも、ない。」
早々にそう判断を下した僕は、隠しきれなかった動揺とともに返した。
「…そうか。問題ないなら、それでいい。それより、買ってきたぞ。お待ちかねの飴ちゃんだ。味わってくえよ?あ、でも虫歯になると悪いからな…1日3つまでだ。」
『そう戸惑わないで。あの飴さん、買ってきたんだ。折角だから、一緒に食べないかい?流石に1人じゃ食べきれないだろうし。でも虫歯は怖いから、1日3個までかな。』
声色や口調も全然違うし、話す内容だって少ししか重ならない。
それでも、既視感を覚えてしまうのは、やはり何処か懐かしいからだろうか。
そんな考えが何だか不思議で、溢れた笑みに、真意は分からずとも、兵士長殿も吊られたのか、2人して暫くの間笑い合っていた。
少しして、笑いが収まってきた僕は早速飴を食べてみる事にした。
行儀が悪いが、道の往来で長時間留まっているのは、通行の妨げになる。
その為、移動しながらにはなったものの、素朴で甘いカラフルな飴は、原価の安さの割に、人を幸せにする力があるんだな、と感じさせた。
飴如きに何をいう、と馬鹿にされそうなほど、幼稚な感想だが…
まあ、その、何だ。
とりあえず、飴は美味しかったという事だ。
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