第60章 課長の薫陶

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「そういう事があったのか……。外回りから帰ったら室内が微妙な空気だったから、ただ課長が来て帰っただけではないとは思っていたが……」  その日、退社後に美幸と待ち合わせて和食の創作料理の店に入った城崎は、差し向かいでお通しに手を伸ばしつつ、しみじみとした口調で感想を述べた。それに美幸が一つ頷いてから、話を続ける。 「本当に、肝を冷やしましたよ。渋谷さんが絡んだのは予想通りと言えば予想通りでしたが、蜂谷があのタイミングで要らん事をペラペラと」 「あいつもある意味、忠犬だからな。それを上手く使うのも、上の力量って事だろ」 「それはそうでしょうけど……」  苦々しい顔つきで訴える美幸に、城崎がガラス製の徳利を傾けながら苦笑する。それを見ながら、美幸は思い出した事を尋ねた。 「ところで係長は、あの話を知ってましたか?」 「あの話って?」 「課長が作っていた、ブラックリストの話です」 「ああ、勿論知っている。以前見せて貰った事もあるしな」  そこで城崎は小さなぐい飲みの中身を一気に飲んでから、真顔で言い出した。 「確かに課長は、俺が耳にした限りでも、入社直後から相当色眼鏡で見られていたらしいからな。だから逆に、純粋に課長の能力や人格を評価していた人物は、貴重だと言えるんだが」 「そうですよね。課長は有象無象の中から、きちんとそれをより分けたと」 「勿論、友人や知己の範囲が幅広くて多い、美幸の様な付き合い方が悪いと言っているわけじゃないぞ? 周囲とどういう人間関係を築くにしても、大事な所を外さなければ良いわけだから」 「そうですよね。城崎さんも誤解されやすいタイプですけど、周囲とは良い信頼関係を築いていますし」  うんうんと納得した様に頷く美幸に、思わず城崎が尋ねる。 「誤解されやすいって……、どこら辺が?」 「ちょっと鋭すぎる目つきとか、武道をある程度極めた故の自然に醸し出される迫力とか、大抵の男の人の目線が上になる上背とか」 「……それは否定しないが」  微妙に落ち込んだ城崎を、美幸はフォローするつもりで話を続ける。 「でもこれまで城崎さんが付き合って来た人達から、『最初は目つきが怖くて遠巻きにしていたけど、話してみると気さくだった』とか、『仕事で利害が対立している相手を容赦なく論破するのを見て、情け容赦ない人かと思ったら、実際は思慮深い人だった』とか、様々なパターンの誉め言葉を聞い」
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