嘘……なんて、ない。

7/8
前へ
/8ページ
次へ
駅前のブティックのガラスのショーケース。 今年のトレンドのファッションでポーズをとるマネキンたち。そのうちのひとつが、携帯電話を耳に当てていた。 数年前に流行った衣服で、少しうつ向けた顔。そっと動く唇。 ためらいがちに上向けられた視線が、口を半開きにする私とぶつかった。 「嘘……でしょ……」 『驚かせてごめん。でも、未来の僕の魂が……いや、今は君のものだね。僕と同じ末路を辿るのは、どうしても見過ごせなかったんだ』 申し訳なさそうな沈んだ声で、目を伏せ額を片手で覆う。 今にも崩れ落ちてしまいそうな儚い姿を、ガラスのこちら側から、そのガラスに触れる事すらできない私は、スマホを握りしめ見ているしかできなかった。 額を覆っていた片手が、力なく垂れ下がったと思ったら、今度は柔らかな眼差しで私を見つめた。 『君を救えてよかった。どうか幸せになって』 心残りを消化したような、清々しさを滲ませた笑顔が、まばたきをした瞬間に全て凍りついた。 ショーケースの中には、携帯電話を持ったマネキンなど、いなかったのだ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加