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密室領域のテウルギー
現実生活に友達がいない人にも、唯一友人を準備してくれるものがあるとすれば、それは書籍だ──そんなことを言った小説家がいた。
それは言之葉ツズルに、まるっと当てはまる言葉だった。
「タヨル、何を独りごちているのですか?」
ツズルが唇を尖らせながらごねた。
「ツズルが外に出るなんて珍しいと思ってね」
「それだけタヨルの提案が魅力的だったからですわ」
いつもは伏し目がちな瞳を輝かせて、ツズルが幸せそうに声をあげる。
この場合、幸せそうという言葉は不謹慎かもしれない。
何しろここは、人が亡くなった現場だからである。
「わたくしがはしゃいでいるので、如何にも不謹慎だと心中独白したのですね」
痛いコミュ障のくせに、僕のこととなると読心術のようにわかるらしい。
「人ひとりが亡くなったからね。職業上は慎ましくならざるを得ないよ」
「その慎ましい職業のタヨルが、わたくしなんて怪しい者を連れ込むなんて」
破廉恥ですわ、とツズルが邪な笑みを浮かべる。
僕の職業は遺品整理士だ。
亡くなった故人の遺品を整理する協会認定の業者だけど、僕の場合は身寄りのない死者を専門に扱っている。
普通は警察官が立ち会いのもとで民生委員が遺品整理をするものだが、特殊な事例は僕におはちが回ってくる仕掛けになっている。
今回もその特殊事例の現場に来ていた。
「八月一日冷泉(ほづみ れいせん)の蔵書というお宝なら、わたくしの聖域から馳せ参じるのもヤブサカでありませんことよ」
「相変わらず本のことになると眼の色を変えるね」
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