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八月一日冷泉──希代の天才カリスマ小説家である。
その筆がつづる文章は、色彩豊かで時に淡く叙景的、繊細で万華鏡のように叙情的、心の琴線を振るわせる叙事的、まさにフルオーケストラのごとき言葉の交響曲なのだ。
それなのにマスコミやSNSで垂れ流される言葉は、悪辣な誹謗中傷にして辛辣な罵詈雑言ばかりなのである。
そこに品性の欠片はなく何か発言するたびに大炎上するので、とても小説に見られる宝石のような言葉が見当たらないのだ。
まるで本や文章を嘲笑うように、心無い呪詛のような言葉を並べていた。
それゆえに芥川賞と直木賞のW候補になるも、「小説は文句なく最高傑作だが、作者の人格が最低最悪」と審査員に評されて毎度受賞を逃している。
「でもそれは、本が読まれないことを嘆いてのパフォーマンスですわ。
人類史上いまだかつてないほどに文章が溢れているのに、その長たる小説が蔑ろにされているからですわ」
ツズルが夢見る乙女の顔でのたもうた。
「とてもそうとは思えない。これは遺品整理士の勘だけど、冷泉の死には謎が隠されているはずさ」
「やはり殺人を疑っていらっしゃるの?」
「何しろ希代の天才作家が密室で死んだからね、否が応にも好奇心がくすぐられるよ」
「それでタヨルは、わたくしの持つ異能力を所望なのですね」
ツズルが合点がいったように含み笑いした。
冷泉の死の真相を知るには、その死に立ち会ったモノに聞くのが一番だ。
それで僕はツズルを呼んだのだ。
「では案内してくださいませ」
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