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「ああ……来ちゃったよ」
「誰だろう? ちょっと出てこようか」
「お父さんが出たら混乱させちゃうからだめ! 隠れてて」
「そ、それもそうか……」
混乱させるということは……俺が死んだ人間ということをしっかり把握しているのだろうか? よくわからないまま洗面所に隠れる。いったい誰が来たのだろう?
「いらっしゃい、わざわざ来てくれてありがとうね」
「ううん、問題ないよ。じゃあお邪魔します」
「わたしの部屋はこっちだよ。2階にあるの」
男の声だ……2人で階段を上っていく足音が聞こえる。あの感じだと娘から招いたようだ。まさか男を連れ込んだのだろうか? 妻は今いないようだし、本来なら家には娘だけの予定だったのかもしれない。そこに俺が現れて予定が狂ったと……。というか死んだはずのお父さんが帰ってきたことより、男が遊びに来るイベントの方が大事なのだろうか?
なにかやるせなさを感じながら洗面所で泣きそうになっていると、階段を降りてくる足音が聞こえた。そしてこちらへやってきて、小声で話しかけてきた。
「お父さん……絶対に部屋に近づかないでね。2階にも来ちゃだめだよ」
「どうしてだ?」
「もー、どうしてもだよ。もし来たら、2度と口きいてあげない」
「な……」
それだけ言って娘は去っていった。後に残された俺はなす術もなく立ち尽くす。このまま待っていれば神様との約束の時間が過ぎ、娘とは2度と話せない。かといって無理に部屋へ行けば、娘はもう口を聞いてくれない。なんてこった……。
とりあえずリビングのソファーに腰を下ろして落ち着いてみる。今は3時半……ここにいられる時間はおそらく6時までだ。それまでに娘がやってくるのを待つしかないか。あとは妻だ……娘がだめならせめてお前に会ってたくさん話をしておきたいよ。
しかし、こうして待っていても無駄に時間が過ぎるだけだ。よし、会って話ができなかった時のために手紙をしたためておこう。妻と娘それぞれに謝って別れを告げて、幸せになってくれよと……。
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