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やがて夕方の5時となり、手紙が完成した。消える直前に机に置くとしよう。ただ欲を言うならば、これを渡すことなく直に別れを言いたい。そう考えていると、玄関の開く音がした。妻が帰って来たのかもしれない。
どうやって迎えようか悩んだ結果、このままソファーに座っておくことにした。玄関からここに来ると、俺の背中が見えるような配置だ。なにかのドラマでそうやって再会を果たすのがあったので真似てみよう。やがて足音がこの部屋に近づいてきた。
「ただいまー。きゃあっ! ど、どなたですか?」
「俺だよ……由紀……」
「う、嘘……でしょ……。も、もしかして……あなたなの?」
「ああ、そうだ。お前に会いに戻ってきたんだ」
俺は立ち上がり、妻の方を見た。うん……変わらず美しいままだ。驚いたのか大きな買い物袋を床に落としている。あと1時間もないが、会えてよかった。さあ……どんな話をしよう。そして妻はわたしに何を言ってくれるのだろう?
「由紀……会いたかった……」
「え、ええ……私もよ。それよりあなた……どうして今ここにいるの?」
「え?」
妻よお前もか。どうしてここにいるの? ならわかるけど、間にある『今』ってなんだ。もしかして妻にも何か用事のあるタイミングだったのだろうか?
「由紀……俺はだな……」
「それよりあなた……悪いんだけど、1時間ほどお出かけしてきてくれない?」
神様に与えられた時間はもう1時間もない……このまま出かけたらもう会えなくなるんだ。そんなことはできない。でも……もしかしたら妻も娘と同じように男を連れ込むのではないだろうか。もしそうなら……この場にいたくはない。
「わかった……じゃあ出ていくよ」
「ごめんなさいねあなた……」
「いいんだ。さようなら……」
「え?」
俺は逃げるように部屋を出て家を出ていった。もたもたしていては、新しい妻の男とはち合わせるかもしれない。新しい男なんかと顔を合わせたくないんだ。
はあ……帰ってきたのは間違いだったのだろうか? 娘は男友達を呼んで楽しそうにしている。そして妻もおそらく……。いや、考えようによっては2人とも幸せに過ごしているってことになるな。だったらそれでいいじゃないか。さっき書いた手紙……これをポストに投函しておこう。そしてこのまま消えよう。
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