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二、三話の烏が弧を描きながら刑場の空を飛んでいる。どうやら誰かが首をかききられ絶命した
ようだ。
男は野次馬の中に混ざり、命が事切れる瞬間をまばたきすることも忘れながら食い入るように
見ていた。
男は河内国で医者をし、生計を立てているしがない町人のひとりだ。しかしそんな彼には人目を
はばかり他言するには恐ろしい癖というものがある。男は決まって刑場で処刑される者がおると
夜更けに大きな風呂敷包みを持って家をあとにするのだ。このご時世罪人の亡骸を供養するのは
幕府が禁則としていた。男は大きな風呂敷を持ち刑場の近くをウロウロしている。一体なにを
はじめようとしているのだ。
夜も更けきり草木もねむる頃。男は役人の目を盗み、そっと刑場の中に忍び込んでいた。
刑場の中に放置された罪人の亡骸に手をあわせると大きな風呂敷を広げ亡骸をおもむろに詰め始める。国禁を犯してまで罪人の供養をしたいのだろうか。男は死刑を受けたものがいると人知れず亡骸を
盗む癖を持ち合わせているのだ。
死臭をただよわせている風呂敷を背に男は刑場を立ち去り寺にも墓場にも寄らず自宅へと急いだ。
家に帰ると軒下に潜りこみ風呂敷の包みをあける。かろうじてのこっている着物をひんむき、
薄汚れている肉体に刃物を入れる。血はトクトクとあふれ軒下に血の池を作った。男は着物が血で
汚れることを気にとめることはなく血の池に座りこみ鋸や小柄、南蛮渡来のメスを使い筋がなく
なるまでとことん肉を削いでいく。
一番鳥が鳴いた頃、骨と肉塊に仕分け終わった男は肉塊を荷車に乗せ庭の隅に埋めた。
埋め終わると井戸で体や顔を洗い、汚れていない着物へと着替え部屋から一冊の帳面をとってきた。男はまた軒下にもぐり込み、筋ひとつない骨を愛でるように観察しては事細かに帳面へと書き込んでいる。
一心不乱に帳面と骨を交互にみては余すことなく書き込んでいる男の名は各務文献。
のちに整骨新書を書き上げた男だ。
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