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お酒に酔って、こんなに意識だけが冴え冴えしてるのって不思議だ。
「…小川さん?…眠っちゃったかな」
独り言のようにそっと瀬戸さんが声をかける。それがわかるのにどうしても口が動かない。返事できない。
「しょうがないなぁ。危なっかしい人ですね、本当に。僕が悪い奴だったらどうするんですか、もう」
そしたらしてもらう。てか、少しは悪いとこ見せて下さい。いいとこしかないじゃないですか。
瀬戸さんは苦笑気味というより、むしろちょっと本気で憤慨してるように思えた。どういうことだ。
「本当に、…あなたのそばにいるのもなかなか大変です。何をしでかすかわからないし、冷や冷やして見てられません。心臓に悪い」
突っ伏している向かいでプシュ、と缶の開く音がした。どうやら酔い潰れたわたしを肴にもう少し飲むつもりらしい。
「もう眠りましたよね。…いいんです、これは聞いてもらえなくても。おっさんの独り言です。あと少し、そこで付き合って下さい。これひと缶分だけ」
…わたし、聞いてる。
ちょっと胸が鳴った。いいのかな、わたしの意識がないと思われてるけど。でも、そう告げる手段もないし。わたしは内心で息を潜めて成り行きを見守った。
「こんなことを言われたらあなたは引くでしょうけど。…あの時、一人きりで雨に濡れてる打ちひしがれたあなたを見た時、神様っているのかなって初めて思いました。僕の娘が大きくなって目の前に現れた、と本気で思ったんです」
…衝撃で身体が震えるか、と思った。…娘?
実際にはぴくりともしなかった。わたしはきっと無反応に見えただろうと思う。
瀬戸さんの声には感情がなかった。波のない声で淡々と呟くように話し続ける。
「実際の娘はもうとっくに亡くなっています。一歳半の時、家庭内の事故で亡くなりました。…溜めてあった浴槽で溺れて…。生きていれば千百合さん、あなたと同い年です。今度の九月で二十一」
わたしは呆然とした。…瀬戸さんの亡くなった娘さんとわたしが、同い年…。
こんな話を耳にしてもぴくりとも動けない。わたしはただ黙ってひたすらその話を聞くより他なかった。
「そのことを知った時、これは運命だ、と思いました。ほんの小さい時に失って、何一つしてあげられなかった自分の娘の代わりにこの子を守れって何かが自分に言ってる。誰かの意思が働いてるとしか思えなかった」
しばしの沈黙があり、彼がビールを一口飲む音が聞こえた。
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