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「事故のあと、妻とは別れました。彼女は自分を責めて…、僕は彼女を責めたりはしなかったけど、上手く支えることもできなかった。二人で苦しみを分かち合えなくて、一緒にいればいるほどお互い辛くなってしまったんです。それ以来ずっと一人で。…成り行きでタクを引き取ったのも、自分が未熟で守れなかった家庭に対して何か償いたい気持ちだったのかも知れません。確かにそのことでやっと、心の空洞が塞がったような気はしました。そこに更にあなたが現れた」
瀬戸さんがじっとわたしの頭を眺めているのがわかった。
「そばにいればいるほど、僕が失った大切なものが目の前に現れた、奇跡だとしか思えなくて。君のくるくる動く目も元気な明るい声も、溌剌とした性格も、僕が思い描いてた大人になった娘、夢の中の理想の彼女のようでした。実際には思い出すのも辛くてその存在は引き出しの奥にしまいっ放しだったんですけど。生きてたら今頃は幾つ、ってのもあなたに会ってから慌てて数えてみたくらいで」
軽い苦笑が混じる。
「それまでは、正直あなたは娘の生まれ変わりだと半分くらい信じていたかも。生年月日をちゃんと調べたらあなたの方が数ヶ月先に生まれていたことがわかったので、そんなことはあり得ないんですけどね。娘が実は死んでいなくて、生き別れだったのが突然目の前に現れたってこともないです。僕はちゃんと彼女のお葬式を自分の手で出しましたから。あの小さな小さな壊れて消えそうな骨」
…胸が潰れそう。すごく痛い。
小さな娘さんのお葬式を出す、二十年前の若い瀬戸さん…。
「だから、あなたと僕が出会ったのはほんの偶然、たまたまなんです。でも娘と同い年の女の子があんなに傷ついた状態で僕の前に現れたのはやっぱり意味がある。この子を守れって誰かが僕に託したんだ。そう真剣に思って…。あなたのためなら全力を尽くすつもりでした。実際は大したこともできてないような気がしますが。…どうですか?僕は、少しくらいなら、君の力になれていますか?」
彼がわたしの寝顔を覗き込もうと身を乗り出しているのがわかる。
普通の状態だったら多分涙を流していただろう。何の涙なのかは自分でも判然としないけど。でもそんな自由も利かない。わたしは静かに眠っているように見えたことだろうと思う。瀬戸さんがふっと笑ったような気がした。
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