第1章 亀裂

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     花まる  手帳を取り出し、八月の十四日の欄に大きな花まるを書いた。  花畑に咲いたアネモネのような、淡い赤色。よく熟れていて今すぐにでも頬張りたくなるイチゴのような、淡い赤色。新鮮な動脈血が組織液とともに噴き出したような、淡い赤色。  なんの変哲もない、ただの赤い花丸だ。  澄み渡る夏空に堂々と居座る太陽の光を反射していて、少し眩しい。駐車場に停めてある車のバックミラーに反射した日の光に、思わず目を覆ってしまうような感じ。それだと少し眩しすぎるか、一面の雪景色で反射するささやかな日の光に、目を細める時みたいな感じ。いや、でも今は夏か。どうも私は、頭の回転が鈍い。とにかく、ただの花丸。  どうして私がそんなものを書いたのかというと、その答えはつい先ほどかかってきた電話にある。 「元気にしてんのか?」  とても他愛のない声だった。  でもそれは淡い赤色の花まるのように鮮やかな色で、私を照らしてくれているような気がした。いややっぱりこれも、大げさ、ただその低くて芯の太い声は、私の中に広がる空間を満たしてしまうくらいの愛情があるように感じられた。語尾がかすれて、鼻にかかったような少し聞き取りにくい、その声。  それは、久しぶりのお兄ちゃんからの電話だった。  私はその日、夏の補習授業(成績不振だからというわけではない)を終え、何も知らないような顔をして私の汗を引っ張り出そうとする太陽を睨みつけながら帰っていた時、携帯が鳴ったのだ。
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