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僕と目が合った結衣は、プイっとわざとらしく顔の向きを変える。
それは草食動物のように温厚な結衣が僕に見せた初めての怒りであり、やはり結衣は僕のことが好きだったのかと少し嬉しく思ったりもしたが、今の状況を思い出すと頭が痛くなってきた。
状況は深刻だ。
なんせ僕のふざけた練習のせいで、昨日から明菜と恋人関係になってしまっているのだから。
この様子だとキスの件も伝わっているのだろう。
明菜が好きならどうして一言も言ってくれなかったのか、どうして私と二人で遊んだりしていたのか。
結衣にはそんな風に思われていても致し方ない。
「おーい、二人もこっちに来いよ」
頭を押さえている僕を気にする様子を全く見せず、晋助は二人を手招きした。
尻尾を振っている子猫のようにキラキラと目を輝かせた明菜は小さな身体を精一杯動かして向かってくる。
周りの好奇の目は一層強くなる。
結衣はその雰囲気に一層鬼の形相を浮かべながら、腕組みをしてダラダラと歩きだした。
明菜は跳ねるように僕に抱き付いてくる。
僕は条件反射でそんな明菜を受け止めてしまった。
それは他人から見れば抱き合っているように見えたのだろう。
遂に視線だけでは無く、声まで上がりはじめた。
「いいぞ」
「もっとやれぇ」
「明菜ちゃん大胆だね羨ましいなぁ」
「キスも見せてー」
昼休みのネタ探しに余念がない彼ら、野次馬達は一斉に囃し立てる。
そんな声にさらに御満悦な明菜は、僕を見上げながら、キスする?と小さな声で確認してきた。
するわけないだろ。
僕は首を振る。
小さな声だったが近くにいた晋助と結衣には聞こえたらしい。
晋助は僕の背中を何度か叩き、結衣は口を尖らせたままジッと睨んでいた。
機嫌を良くした明菜は僕の手を握り、微笑みかけてくる。
そこで結衣は咳払いをし、突然晋助の腕に自分の腕を絡めた。
「もう飽きたわ。晋助行こ。ジュース奢ってよ」
「お、おう。いいぜ。じゃあな、幸せにな」
教室を出て行く二人に、僕は呆気にとられる。なんで晋助と腕を絡ませる。 それに昼休みにジュースを奢るのは僕の仕事だったじゃないか。
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