愛してくれた貴女へ

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二人がいなくなってもまだ現実を受け止められない僕は、しつこく扉の先を見つめていた。 「どうしたの?」 明菜が首を傾げる。 お前の所為だ。 そう言いかけた自分がどうしようもなく醜く感じられ、そうじゃない。これは僕の所為だと執拗に頭で繰り返した。 ~~ 明菜を責めなかった自分だけは褒めてやりたいと今でも思う。 それは当然の事のように思えるかもしれないが、限り無く糞野郎に近かった僕にとってはこの場面がその領域に達するか否かの境目であったように感じられ、踏み止まるには自分に対して相当な罵倒を浴びせる必要があったのだ。 ここから卒業式までの日。 高校生最後の冬になるが、殆ど全ての人間が大学受験や就職活動の最終局面を迎えるということで登校日数が少なくなるというのは、当時の僕にとっては非常に幸運だったように思える。 というのも数日も経てば僕は、明菜の笑顔を見る度に言葉に出来ない苦痛を感じるようになっていたのである。 しかし明菜に自分の正直な想いを打ち明けることは出来なかった。 僕の器は水一滴でいっぱいになる程小さく、また傾きやすく、壊れやすかったのである。 ~~ 卒業式。 誰もが最後の制服を堪能しながら、此処まで築き上げてきた友情や恋をおもいおもいに咲かせる。 泣くものがいればそれを指差し笑うものがいて、校内全体が絶妙のバランスを保ちながら、感動的な最後を作り上げていく。 式が終わり、僕の隣には明菜がいた。 彼女はえいっと僕の制服のボタンを掴み取る。世間で言う第二ボタンというやつだった。 「貰っちゃったぁ」 ぱあっと表情を崩して、笑くぼをこれでもかというぐらいに作る明菜に、僕は笑いかける。 いつの間にか作り笑いが上手くなっていた。そして正しい笑い方を忘れてしまっていた。 本当は今頃…… 僕の頭には結衣が思い浮かぶ。 結衣は今誰といるのだろうか。 どうしているのだろうか。 暫く会っていない僕には想像もつかない。 そう言えば晋助は? 晋助ともあれ以来、あまり話をしていない気がする。 悲しい最後だな。 自虐的になっている僕の目に二人がふっと映る。 それは一瞬の事だった。晋助が結衣の手を引き、階段の方にいそいそと人の間を掻い潜っているように見えた。 見間違いかと思ったがやはり気になり、「少し待ってて」と明菜に告げると、二人が向かっていた場所を追いかける。
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