第1章

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 ナミのアドバイスは、訪問介護のヘルパーにも言われたことだった。「澤木さん、大切なのはコミュニケーションです。介助のテクニックではないんですよ」と。だが、澤木は元々人と話すのが得意なほうではない。それは、相手が忠史であっても同じことだった。いや忠史だからこそ、話すべきことが見つからなかった。  継母の花恵が亡くなって以来、澤木は、忠史とまともに話をした記憶がない。最後に話をした時だって、実際は、一方的に怒鳴っただけだった。  忠史と花恵は澤木が中学生の時に再婚した。突然現れた継母と義妹に戸惑ったが、花恵はやさしく、小学生だった萠子は物怖じしない性格で、澤木にもすぐに懐いた。ただ花恵は体が弱く、澤木が高校に入る頃には床につく日が増えていた。  忠史の浮気癖が現れ始めたのは、その頃だったと思う。朝方、飲み屋の女将の車で送られてきたり、女性から忠史の所在をしつこく問い質す電話がかかってきたりした。一度、澤木もその手の電話をとったことがあるが、家庭があることを話していなかったのか、息子だと名乗っても信じてもらえなかった。
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