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ガーガの呼び声
遠野の山は奥が深い。ぼくはその奥山の谷間で石を積んでいるところだ。ほんの数十個でいいから小石を積み上げて塔を立てておこうと思う。
ぼくが初めて遠野の山を訪れたのはちょうど一年前の12月。友人が雪山で遭難し、あわてて捜索活動にでかけたのだった。みんなでゾンデという鉄棒を雪面に刺しながら友人を探した。そして雪とは異なる感触のある場所を掘り起こすと友はテントの中で圧死していた。
比較的大きな沢の源流で友人は雪崩に巻き込まれて雪の中で息を引き取ったのだった。遺体は麓の旅館の広間に置かれた。寝袋で寝ているところを大量の雪に直撃されて圧死に近い状態だったせいか顔面がうっ血していた。
そこへお母さんが駆けつけてきたので、ぼくは旅館の廊下を広間まで案内した。
「あのね、あの子からね、雪崩の時刻に電話があったんですよ。ちょうどその時刻ですよ。」
お母さんはかなり動揺して気を取り乱していると、ぼくはそう思ったから、こういう場合はなだめたりするより、かえって相手の言うことを静かに聞いてあげたほうが良いと思いながら渡り廊下をわざとゆっくり案内した。
「その時刻にね、私はあの子の叔母と話していたんですよ」
「そうなんですか」
「するとね、ガーガというあの子の声が聞こえたんですよ」ぼくは、それが電話のノイズだという説明をお母さんにするのは気が引けた。いまこの廊下を渡りきればそこには顔面をうっ血させて寝袋にくるまっている友人と面会するのだ、今はすべてお母さんの言うことを聞いて信じてあげようと。
「叔母も聞いているんですよ。」
・・・電話のノイズだ、双方ともに聞こえるはずだ・・・・
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