3人が本棚に入れています
本棚に追加
晴れ渡る空の下。蒸し暑い夏の日。幻厄塔対策室に所属する私、立川 英晴(たちかわ ひではる)はとある指令を受けて走っていた。
『がんばれがんばれ先生!』
「ちょっと静かにしていてください市川さん!」
自身の五感を最大限に生かし、耳をつんざくような咆哮の中に紛れた声を探す。
「荻野室長! 幻厄塔が発生させる霧が濃く、彼らを視認することが困難です!」
ヘッドセットの内蔵マイクに向かいそう叫ぶと、通信相手の男性は小さな舌打ちの後に『あっ、ちょっと待って蔵部さん!』と慌てたような声を発する。
一拍置いて私の横を駆け抜ける影。――黒い霧に向かい走り出す影。それを認識してから彼女に向かい手を伸ばす。
「蔵部さんっ!!」
『かがめ! 立川英晴!』
霧を吹き飛ばすほどの風圧、そして轟音。私が普通に立っていたら真正面から放たれた砲弾にぶち抜かれていただろう。それは何にも当たることなく、霧だけを晴らすことに成功したようだった。
目の前を見据える。ここではまず見ない制服姿の子供達四人。そして、それを庇うように立っている女性。さらに――彼女たちを標的に見据えた二体の一メートルほどの体躯を持つ黒い獣。
『彼らは動ける状態ではありません。二体ともなると私一人で彼らを抱えて逃げても時間の問題です。ここは私が囮になり時間を――』
彼女の言葉に緊張が走る。それだけはさせてはいけないと警鐘が鳴り響いてやまない。それは彼も同じようで、ノイズに混ざり歯噛みする音が聞こえた。
『――いや、だめだ。どちらにせよ二体相手じゃ逃げ切れない。それに、君という人材を失うのはあまりにも惜しい。交戦しよう。僕も前に出る』
その声と同時に轟音が響き渡り、カノン砲の二発目が発射された。それは寸分たがわず黒い獣の一体を貫く。
そして、それとほぼ同時に彼女は跳躍した。重力とともに重さを増し、その足がカノン砲を食らってよろめいた獣の胴を捉える。
やるしかない。そう思いながら自身も右腰に携帯している拳銃を抜き、走りながら装填する。
最初のコメントを投稿しよう!