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「足元に気をつけなさいねー」 「わかってる」  母が鷹揚と見守る中、弟は危なげなく梅の木に登る。  足場にされて揺れた枝から数個の実がポトンポトンと落ち、父がそれを拾う。中粒の青梅で、傷みのない綺麗なものだ。 「粒揃いだな。品質も申し分ない」 「数はどうかしら。今年はどこも不作と聞くの。お父さん、梅に傷をつけて、数を減らさないでくださいね」 「ん」  母に注意されて軽く頷いた父は、虫取り網を手に、弟のいる場所とは反対側の枝葉を下から掻き回す。  パタ、パタパタ、パタ。  地面に敷き詰めたブルーシートに実が落ちる音は、トタン屋根に当たる雨粒のそれに似ている。晴れているのに、音だけは雨の日みたい。 「さあ、私達も拾いましょう」  母の号令で梅を成熟度に分けながら拾い集める。  帽子でガードしているのに、頭を打つ実の衝撃は結構強い。それに、たまに毛虫も落ちてきて、その度に悲鳴を上げてしまう。 「毛虫ごときでやかましい」 「苦手なんだから仕方ないじゃない」  静かにひとりごちる父に、頬を膨らませて抗議するが、返される反応は眉を少し顰めるのみ。まるで、打てども響かない鐘を相手にしているようだ。 (私一人、空回りしてるみたい)  父は昔から無愛想で、おまけにお堅い口調が相まって、何を考えているのかさっぱりわからなかった。  家にいても書斎に籠ってばかりだし、姿を見せても地蔵のように無口なものだから、あまり意思疎通を図れたという実感がない。  朗らかな母が積極的に家族とコミュニケーションを取らなければ、父は家庭内での存在が今以上に希薄となっていただろう。 (でも、それって、なんだか……) 「サク、フリーズしてるよ」  父の事を考えている内に、いつの間にか動きが止まっていたらしい。母の手がヒラヒラと目の前で揺れて、ようやく我に返る。 「ごめん。ずっと同じ態勢だから、腰にくるね」 「ちょっと休憩しようか。暑いし、水分補給もしないとね」 「やった! マドカ、父さん、休憩だって」 「「わかった」」  私が声を掛けると、父と弟は二人揃って了解の意を唱えて速やかに作業を中断し、縁側に腰を下ろす。  二人とも口には出さないけど、梅の実を落とす作業は結構大変なのだろう。弟は全身が汗でびっしょりだし、父は首や腕を揉みほぐしている。 「はいはーい、皆、お疲れ様」  母と二人で奥から飲み物や濡れタオルを運んだ時、少し驚く事が起こった。  一度は腰を落ち着かせた父が、コップとボトルの載ったトレイを持つ母を見て、わざわざ靴を脱いで家に上がり、母から荷物を引き受けたのだ。  これまで、ナマケモノかというくらい不動の父を見てきた私にとって、その光景はあまりにも衝撃的だった。しかも本当にさり気ない動作だったので、思わず呆気に取られたほどだ。
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