22人が本棚に入れています
本棚に追加
◆◇◆◇
「足元に気をつけなさいねー」
「わかってる」
母が鷹揚と見守る中、弟は危なげなく梅の木に登る。
足場にされて揺れた枝から数個の実がポトンポトンと落ち、父がそれを拾う。中粒の青梅で、傷みのない綺麗なものだ。
「粒揃いだな。品質も申し分ない」
「数はどうかしら。今年はどこも不作と聞くの。お父さん、梅に傷をつけて、数を減らさないでくださいね」
「ん」
母に注意されて軽く頷いた父は、虫取り網を手に、弟のいる場所とは反対側の枝葉を下から掻き回す。
パタ、パタパタ、パタ。
地面に敷き詰めたブルーシートに実が落ちる音は、トタン屋根に当たる雨粒のそれに似ている。晴れているのに、音だけは雨の日みたい。
「さあ、私達も拾いましょう」
母の号令で梅を成熟度に分けながら拾い集める。
帽子でガードしているのに、頭を打つ実の衝撃は結構強い。それに、たまに毛虫も落ちてきて、その度に悲鳴を上げてしまう。
「毛虫ごときでやかましい」
「苦手なんだから仕方ないじゃない」
静かにひとりごちる父に、頬を膨らませて抗議するが、返される反応は眉を少し顰めるのみ。まるで、打てども響かない鐘を相手にしているようだ。
(私一人、空回りしてるみたい)
父は昔から無愛想で、おまけにお堅い口調が相まって、何を考えているのかさっぱりわからなかった。
家にいても書斎に籠ってばかりだし、姿を見せても地蔵のように無口なものだから、あまり意思疎通を図れたという実感がない。
朗らかな母が積極的に家族とコミュニケーションを取らなければ、父は家庭内での存在が今以上に希薄となっていただろう。
(でも、それって、なんだか……)
「サク、フリーズしてるよ」
父の事を考えている内に、いつの間にか動きが止まっていたらしい。母の手がヒラヒラと目の前で揺れて、ようやく我に返る。
「ごめん。ずっと同じ態勢だから、腰にくるね」
「ちょっと休憩しようか。暑いし、水分補給もしないとね」
「やった! マドカ、父さん、休憩だって」
「「わかった」」
私が声を掛けると、父と弟は二人揃って了解の意を唱えて速やかに作業を中断し、縁側に腰を下ろす。
二人とも口には出さないけど、梅の実を落とす作業は結構大変なのだろう。弟は全身が汗でびっしょりだし、父は首や腕を揉みほぐしている。
「はいはーい、皆、お疲れ様」
母と二人で奥から飲み物や濡れタオルを運んだ時、少し驚く事が起こった。
一度は腰を落ち着かせた父が、コップとボトルの載ったトレイを持つ母を見て、わざわざ靴を脱いで家に上がり、母から荷物を引き受けたのだ。
これまで、ナマケモノかというくらい不動の父を見てきた私にとって、その光景はあまりにも衝撃的だった。しかも本当にさり気ない動作だったので、思わず呆気に取られたほどだ。
最初のコメントを投稿しよう!