第1章 眠り姫に誓いを

7/15
前へ
/262ページ
次へ
唄(ことば)にして、少女は記憶を刻む。そんな様子が何処か切なく儚い、メッシュの入った髪の毛先を指で摘むと彼女はふと、何かを思い出した様に夕焼けを見上げた。次の瞬間、事態は急変してしまう。夏場だった為に開かれていた窓、其が何を意味するのかは困惑とした思案でも分かる。 ふわり、と飛来した風が軽々と姫梨を仰ぎ。否や、視界から徐々に遠ざかって行くと同時に私は慌てて手を掴もうと伸ばす。けれど届かない、後僅かな距離から紗己夜見が消えてしまいそうだ。不味いと、察した時にはもう既に地面と直面しかけている。 ドサッ 瞬時、何かが空から急降下して来た。それは人の姿と鳥を掛け合わせた亜種で、この世に存在する筈が無い異形の生物だ。一体状況はどうなったのか、はたとして瞑りかけていた瞼から大きく眼を見開く。すると校庭には、妖しげな人物が姫梨を受け止めていた光景が飛び込む。 「ふぅ、危なかったな。大丈夫?」 「翼人(よくじん)何故地上に、それに私を助けたの?」 「飛行してたら、いきなりお前の姿が見えたからだよ。知り合いだし、目の前で死なれたくなかったんだ……」 「二人共、大丈夫?」 「あっ、鏡花お姉ちゃん。平気だよ、翼人が助けてくれたから!」 姫梨が笑いながら言う、すると彼は肩を竦めて苦笑を浮かべると両翼を羽ばたかし、再び空へと飛び立とうとした。だがその瞬間、翼人の少年は見事に背から轟音と共に崩れ落ちる。何が起きたのだろう、慌てて振り返ると。そこには、銀色の弾が幾つか転がっていた。 まだ名前も訊いていない、なのにこんなお別れ何て嫌だ。私は精一杯に少年を抱き抱え、無我夢中で付近の自宅へと向かう。素早く走る事、僅か数分足らずで漸く帰宅出来た。幸い家には誰も居ない、手早く救急箱を取り、応急手当を施して行く。 いくら翼が有るとは言え、人間と大差変わり無い。見捨てる事も出来ず、結局は救ってしまったが。これで、良かったのだろうか。ふと考えに耽っていると、彼は瞼をぴくりと痙攣させる。恐らくは、目を覚ましたようで半ば安堵した。 先程までは青ざめていた顔が、今では穏やかな表情をしている。安らかそうな寝顔だ、しかし決して死んだ訳では無い。ゆっくりと見開かれた瞳は澄んだ銀色が潤んでいた、儚げなその様子は何処か見覚えがある気がする。まるでそう、私が小学生の時に見た寂しげな顔をする彼に似ていた。
/262ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加