4人が本棚に入れています
本棚に追加
~~~~~
「おい、大丈夫か?」
肩を揺すられ、ゆっくり瞼を開けると、そこには心配そうな顔をした江部 栗鼠た(えぶ りすた)先輩。
ゆっくり辺りを見渡せば、すでに暗くなった夜空が、歪んだ窓ガラス越しに見える。
若干かび臭い、動く度にきしむ古びた木の床。
旧校舎の中だ。
そうだ。
夜な夜な旧校舎で幽霊が見えるという噂の真否を確かめに、新聞部の私が調査に来たんだった。
おそらく、下校時間を大幅に過ぎても、未だに戻らない私を心配して来てくれたのだろう。
「顔色悪いが、何かあったのか?」
「いえ、大丈夫です。
……先輩、創立六年の我が校に、なんで旧校舎があるんでしょうね?」
「"旧校舎"と言うから分かりにくいが、これは元々第二次世界大戦中の疎開学校の校舎らしい。
が、学校自体が空襲にあって廃校。
何十年も放置された後に、今の皆輝学園が敷地を買い取り、新たに学校を建て、昭和初期の貴重な建築物であるこの校舎だけが残された」
「でも、それだけなら……」
「これは、生徒会の古い資料にあったんだが、創立当初は、ここで特別授業も行われたらしい。
ゆえに、既存の校舎と区別するために"旧校舎"の名前ができた。
まぁ、いつの間にか中止されて、ただ"旧校舎"の名前だけが残ったみたいだが」
「どうして?」
「さてな。
授業日数が足りなくなったからとか、生徒が行方不明になったからとか色々と噂はあるが、ほんとのところは分からない。
が、あまり長居しない方がいいのは確かだ。
帰るぞ」
そう言って踵を返す先輩。
慌てて横に並ぶ私を見て、ふと先輩の視線が私の胸元にとぶ。
「ところで、その胸に抱いてる本はなんだ?
ずいぶん古そうだが」
言われてみると、確かに私は本を抱えていた。
きちんと製本されておらず、わら半紙を綴じただけの簡素な本。
これは、
これは、
文左衛門の本だ。
「……わかりません。
ただ、読むことも書くことも許されなかった時代からのタイムカプセル、そんな気がします」
「そうか」
なるほど。
そんな感じに返事をした先輩は、今度こそ歩いていく。
慌てて、私もその後に続いた。
その後、『旧校舎に幽霊が出る』という噂は聞かなくなった。
あれは、過去から未来に思いを託すために、旧校舎が魅せた奇跡だったのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!