新設校の旧校舎

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~~~~~ 「おい、大丈夫か?」 肩を揺すられ、ゆっくり瞼を開けると、そこには心配そうな顔をした江部 栗鼠た(えぶ りすた)先輩。 ゆっくり辺りを見渡せば、すでに暗くなった夜空が、歪んだ窓ガラス越しに見える。 若干かび臭い、動く度にきしむ古びた木の床。 旧校舎の中だ。 そうだ。 夜な夜な旧校舎で幽霊が見えるという噂の真否を確かめに、新聞部の私が調査に来たんだった。 おそらく、下校時間を大幅に過ぎても、未だに戻らない私を心配して来てくれたのだろう。 「顔色悪いが、何かあったのか?」 「いえ、大丈夫です。 ……先輩、創立六年の我が校に、なんで旧校舎があるんでしょうね?」 「"旧校舎"と言うから分かりにくいが、これは元々第二次世界大戦中の疎開学校の校舎らしい。 が、学校自体が空襲にあって廃校。 何十年も放置された後に、今の皆輝学園が敷地を買い取り、新たに学校を建て、昭和初期の貴重な建築物であるこの校舎だけが残された」 「でも、それだけなら……」 「これは、生徒会の古い資料にあったんだが、創立当初は、ここで特別授業も行われたらしい。 ゆえに、既存の校舎と区別するために"旧校舎"の名前ができた。 まぁ、いつの間にか中止されて、ただ"旧校舎"の名前だけが残ったみたいだが」 「どうして?」 「さてな。 授業日数が足りなくなったからとか、生徒が行方不明になったからとか色々と噂はあるが、ほんとのところは分からない。 が、あまり長居しない方がいいのは確かだ。 帰るぞ」 そう言って踵を返す先輩。 慌てて横に並ぶ私を見て、ふと先輩の視線が私の胸元にとぶ。 「ところで、その胸に抱いてる本はなんだ? ずいぶん古そうだが」 言われてみると、確かに私は本を抱えていた。 きちんと製本されておらず、わら半紙を綴じただけの簡素な本。 これは、 これは、 文左衛門の本だ。 「……わかりません。 ただ、読むことも書くことも許されなかった時代からのタイムカプセル、そんな気がします」 「そうか」 なるほど。 そんな感じに返事をした先輩は、今度こそ歩いていく。 慌てて、私もその後に続いた。 その後、『旧校舎に幽霊が出る』という噂は聞かなくなった。 あれは、過去から未来に思いを託すために、旧校舎が魅せた奇跡だったのかもしれない。
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