第三章【かっこいい】

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 しかし、仁神彩月はどこか落ち着きがないというか。  普段より取り乱しているように見える。  頬を紅潮させながら、誰もが喋りそうな他愛ない言葉を紡ぐ姿は、まるで文字を子供がそれを声にして発表しているかのようだ。  普段の仁神彩月らしからぬ態度には正直驚いている。 「映画の後はいつも通り……ね。覚悟しておくこと」 「もしかして、また俺のいえもがっ!!」 「しーーーーッ!!」  中須賀の口が仁神彩月の手によって塞がれる。  かなりの身長差である。  彼は鳳かざみよりも背が高いので俺の背など余裕で越していることは知っていた。  だが、仁神彩月が背伸びをしてようやく口元に手が届くほどの高さだということを目視し、その背丈の大きさを改めて認識することとなった。 「こういう話をすると誤解されかねないでしょ? 玄馬君のバカ」 「すみません。こう見えて、中学の頃は男と殴り合うことしか心得ていなかったもので」 「暴力する男子は嫌われるわよ。まあ、私は……そうでも……ないけれど」 「俺のことを好きでいてくださるんですね。ありがとうございます」  中須賀玄馬とやらの声がした瞬間、周囲から黄色い声が聞こえる。  女子はキャーキャーと囃し立て、男子は「番長かっこいいぜ」といった煽り文句をぶん投げている。  それに対して「俺、なにかしましたか?」と照れ笑いしているあたり、この男子は人たらしの素質があるのかもしれない。  桜庭日和や御崎嘉菊に匹敵するコミュニケーション能力だといえよう。  さて、仁神彩月を見てみよう。  ほんのりと赤みがかった顔から、沸騰した水に飛び込んだ蛸のような顔に変貌している。  どうやら相当に恥ずかしかったようだ。 「ばかぁ! げんまくんのばかぁ!!」  喧嘩に負けた子供のような捨て台詞を吐いた仁神彩月は、古文の教科書を抱きしめたまま走り去っていった。  中須賀玄馬はきょとんとしていた。 
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