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その日、千彩希は人ごみの中にいた。こんな数の人に囲まれているにもかかわらず、
「寒っ!」
わざわざこんな日に行かなきゃだなんて、家にいればコタツの中で1日中過ごすってのに。千彩希はマフラーの中に鼻まで埋めた。それでも寒い。
「えー、これから、神奈川県立大津大学の平成28年度合格者を発表いたします」
大学の教授らしき人が出てきて声を張り上げ、人ごみの中に緊張が走る。その場は静まりかえった。
ボルテージが上がりきったところで――
一斉に紙が張り出された。
やや間が開いて、あちこちから歓声が上がる。・・・183番・・・・・183番・・・・・183番・・・・・
「あった!」
1人で来たのに叫ぶというのはさすがにできなかったので、スマホで見つけた番号を撮ってから、内心小躍りで駅に向かった。
現在進行形彼氏の琉星と待ち合わせたのは県立大学駅だ。大津大学の最寄り駅である。
千彩希は開口一番に、「受かったよっ!」と、いつもなら見られないほどのはじけっぷりである。とにかく落ち着けようと、2人は例のケーキ屋に入った。
「おめでとう。つーわけで、今日は俺がおごる」
「マジで?じゃあ、いちごモンブランね」
「…そこですかさず高いのを頼むんだよなー。。おっとなげねぇー」
けれど、琉星はそれが甘えであることを知っている。
「大人じゃないもん!18だもん!」
「はいはい」
そこで琉星は手を挙げ、店員を呼んだ。
「いらっしゃい。今日は何かね?いつものかい?」
出てきたのは店主である。初デートで入ってからはことあるごとに行っているので、いつものものといえばそれが出てくるくらいに気心が知れている。
「いちごモンブランのティーセット2つ」
大人げないと言いながらも、さらに割高になるティーセットにしてくれたことがうれしい。
「おっ、めずらしいねえ。何かあったのかい?」
「彼女が大学に受かったので、そのお祝いで」
ここ3か月くらい来れてなかったし、と付け加える。奮発の奮発であることは秘密だ。
「そうか。おめでとう。大学はどこだ?」
「大津です」
「カミさんも大津だったはずだ」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。国公立は大変だっただろう」
「いえ、それほどでも」
「ははは、おまさん、彼女見習ったほうがいいぞ。来年だろう?」
「えっ、僕ですか?…はい、頑張ります」
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