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 帰り道にあったコーヒーショップに駆け込む。  鞄の中の原稿が気になって仕方がない。  がやがやとしたそこは、一見集中できないように思えるが逆にそれがいい意味でのBGMになることもある。  聞こえてくる他人の会話も耳を素通りするだけだし、たくさんの人の目があるようでいてその実、どれもが他など気にも留めていない。  通りに面したガラス張りのカウンターに場所を取り、大きいサイズのコーヒーを注文した。  すでに時刻は深夜帯であるにもかかわらず店内は賑わっていて、本を読んだり、パソコンを開いたり、談笑したりと様々だ。  眼鏡をかけ、『チョコレイト・ラブ』と書かれた表紙の一枚をめくる。  出来上がったばかりの小説は、落字はもちろん時には文章がつながっていないところもあり、完成には程遠い状態だった。  しかし、そのあらすじは手に取るように、いや、読まずともわかる。  数年前に離婚した夫婦が偶然再会する。  そこで未だある恋心に気づき、戸惑いながらもやがて向き合って行く。  モデルがいると直子は言わなかったが、紛れもなく主人公の二人は梓と俺だ。  なれそめや年齢、職業の設定などところどころフィクションにしてあるが、基本的には俺たちそのものだった。  自分の恋物語などひどく恥ずかしくもあったが、同時に客観的に第三者の物語として読むのは新鮮であり、気づかされる部分も多い。  ヒロイン視点で描かれた内容はすべてが俺の知り得ないもので、驚くよりもショックの方が大きかった。  梓のことを何ひとつわかっていなかった自分を思い知る。  優しいと評される男のその性格も俺にしてみればただずるく、意気地がないだけだった。  自分の行動がいかに梓を悲しませ、困らせ、そして間違っていたのか。  話はヒロインが求愛してきた男との結婚を本心から希望し、海外行きを決めるところで終わっていて、直子が言っていたとおりラストはまだ描かれていない。  すでに熱さを失いつつあったコーヒーを口に含む。  直子が俺にこれを読ませた理由。 「俺自身に物語のラストを作れってことなのか」
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