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 釣銭をもらうのもそこそこにタクシーを降り、エレベーターもないアパートの階段を一気に駆け上がる。  四階に辿り着く頃には息も切れ、こめかみが少し痛んだ。  ワンフロアに並ぶ五戸のうち、一番奥が我が家だ。  と、そのドア前に座る影がある。  外廊下の頼りない明かりに目を凝らすと、 「……え? あず、さ?」  俺の声に反応して、彼女は抱いた膝にうずめていた顔を上げた。 「な……にやってんだよ! こんなところで! こんな時間に!」  半ば怒鳴るように言い、座り込んだまま立ち上がろうとしない梓の腕を掴んで引っ張り上げる。 「……マフラー、返し……に」  その二本脚は力が入らないのか頼りなく、怪しいろれつに酔っぱらっているのかと思いきや、がくがくと震えているのだと気づく。  寒さのあまり身体も唇も強張っているのだとわかった。  支えた背中に触れる髪が凍っているように冷たい。 「一体いつから? いつから待ってた!?」  さっきタクシーの中でタケルに電話をしたところ、梓は来ていないと言っていた。  マフラーを預けておいてくれと言ったので、店にいるかもしれないと思ったのだ。  しかし、よくよく考えれば今夜は田崎のところに行くと言っていたのだから、赤はちまきに寄っている時間などないと考え直していたところだった。  もし仮に俺に電話をくれた後からだとすれば、ゆうに二時間はこの寒空の下にいたことになる。 「マフラーのお礼……と思って……あした、バ……レンタインだから、これ……」  紙袋を差し出したものの、すぐに力なく引っ込めた。  そして、ちがう、と首を振る。 「そう……じゃなくて、お礼、とかじゃなくて」  寒さからか、それとも俺が帰ってきたことで寒空の下から解放される安心感からだろうか、みるみる梓の目に涙がたまりはじめた。 「礼なんか別に……」 「ちがうの」  今度ははっきりと言った。  ついに堪えきれず溢れた涙が一粒、頬を滑った時、 「好きなの」 「……え?」 「やっぱり、然が、好き、なの……忘れられないの」  言い終えるのが早いか梓が膝からくずれる。  慌てて支えに入るも聞き間違いかと思った。  いや聞き間違いであってもいい。  支えるふりをしてその言葉を確かめるより先に抱きしめた。
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