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「ごめんなさいって言ったら、わかってた、って。私にそんな顔をさせるために遠くへ連れて行くわけじゃない、私が笑顔になれるところに行くのが一番いいって」
好きな女には笑顔でいてほしい。
それは俺とは何もかもが逆の田崎と俺の数少ない共通項だ。
だからと言って、梓が笑顔になれるところがまさか俺のところだとは。
「とりあえず、中に入ろう」
身体をそっと離す。
いつまでもここで抱き合い、愛を確かめ合っていたいのはやまやまだが今は梓を温めることが先決だ。
直子には適当に脚色してロマンティックに書いてもらえばいい。
「しかし、まさかのハッピーエンドとはな……」
もう一度梓を抱いてそう呟けば、視界がみるみる滲み出したので俺は慌てて天を仰ぐ。
鍵を開けるといつもの我が家がそこにあった。
ここに梓がいることの不思議と必然が交錯する。
いや、必然だろう。
今ここにあるために、一度離れなければいけなかったのだから。
六年前、粉々になったはずの欠片が溶け合って、再び形になる。
もう、あの時の未熟なだけの二人ではない。
再び始まる恋に不安はない。
あるのは喜びと更なる愛しさ、そして、美味しさだ。
「……おかえり、梓」
感慨深い想いで紡いだその一言に、涙の跡が残る頬にとびきりの笑顔を乗せて、梓が、ただいま、と言った。
終
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