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帰国の途
グレンはセルズ王国中央政府へのつてを持たなかった。
ギルドメアがミナのことを知ったのは、グレンが話を持ち込んだ西セルズの要人から仲間が漏れ聞いた噂話にすぎなかった。
自らカザフィス王国に赴き、実情を調べ上げ、セルズ王国内各結界石の管理者に話を通し、国境越えの段取りまでつけたというのに。
東西セルズの溝を埋めるのは、政王の言う通りセルズ中央政府には無理な話だ。
帰国のため、レテリム港をぼんやり歩いていると、馬車待ちの男にぶつかりそうになった。
申し訳ないと力なく謝り、避けたところで今度こそ人にぶつかった。
「やっ、これは失礼、前を見ていなかった」
明るい声でそう言われ、ギルドメアは、こちらこそとかなんとか呟いて頭を下げ、力なく歩き去ろうとした。
すると相手の男はギルドメアの腕を掴み、言った。
「本当に申し訳ない、一杯奢らせてくれ」
そうしてずいずい歩き出し、手近な喫茶店に入った。
ギルドメアは驚いたのと交渉失敗の衝撃から立ち直れていなかったのとで口もきけず、男に腕を引かれるまま店に入り、椅子に座らされた。
「やあ、私はグレン・セッツィーロ・アモナンと言うんだ。ヴァッサリカ公国の者だよ。君は?」
「ギルドメア・スキル。セルズ王国の者です…」
名乗ってようやく我に返った。
「あの、先ほどのことなら気にしないでください、私の方こそ前を見ていなかった」
「いや、これも何かの縁、豆茶でいいかな」
と、さっさと女給を呼び、さあさあと促す。
「あっ、じゃあ豆茶で」
「豆茶ふたつ」
グレンはそう女給に言うと、ギルドメアに聞いてきた。
「セルズのどこだね?」
「ピクトリノという町です…」
「国境の町じゃないか、どちら側だね?」
「西セルズ…」
そこにきてようやく、見ず知らずの者に素性をべらべら話していることに気付く。
「その、なぜそんなことを…?」
聞くとグレンは、はっはと笑った。
「やっ、これはすまない、職業病でね、なんでも聞きたがるんだ…不快だったかな?」
「いや、別に…」
どうも憎めないというか、受け入れてしまうところがある。
不思議な男だ。
「しかし私は単なる不注意だが、君は何か気にかかることでもあったのかい?」
豆茶の香りが広がった。
豆に湯を入れたのだろう。
「はあ…仕事上で少々…」
ぼかして答えると、なるほどなるほど、と頷く。
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