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祭王の憂鬱
フェスジョア区から出てチュウリ川を行く直行便の船は、およそ8時間で南端にある北門前桟橋に到着する。
カィンは他の客に紛れ、遊歩甲板の先端に立つルークの後ろから話し掛けた。
「溜め息ついてどうしたんです?」
するとルークは、ちらりと視線を寄越し、別に…、と呟いた。
「ヘカテ・リガッタが損傷を受けたらしい」
カィンも話だけは聞いて知っている。
主に南海域を渡る王室専用船で、現在彩石判定師を迎えに行っていたはずだ。
その船が損傷を受けた…。
「えっ、ミナは!?」
焦って尋ねると、ルークは落ち着かせるように言った。
「大丈夫、デュッカが乗ってたから、大事には至ってない」
何故そんなことが判るのかと言えば、風の宮公に近い実力を持つ風の力ゆえだ。
安心しかけたが、1拍置いて、カィンは血の気が引いた。
「…まさかどこかの国に?」
東西セルズは船を持たないはずだが雇うことはできる。
それに他の国もミナの存在を…その価値を知れば、動くかもしれない。
そう思うカィンに顔を向け、ルークは首を横に振る。
「いや、普通にっていうか…海賊らしい」
そしてまた溜め息をつく。
「えっ、不満そうですね?」
ルークは頬杖をついて言った。
「まさか。ミナが無事で良かったと思ってるよ」
カィンは何となく察した。
「…けど?」
ルークはまた、ちらりとカィンを見た。
「僕は話を聞くだけだと思っただけだよ」
今すぐ、文字通り飛んでいって、ミナの無事をその目で確かめることも出来たが、我慢する。
ひとつひとつにそんな対応をしていては、政王の責務や権限に立ち入らないとも限らない。
それゆえ、ルークは黙って堪え、どんな対処が行われたか、すべてが終わった後に聞くのだ、結果を。
政王の役目と祭王の役目は違う。
だが…時々無性に手伝いたくなるのだ。
王がすることではないが、今回の件だってデュッカに出来ることなら自分にも出来る。
ミナのことを、自分も守ってやりたい、という気持ちもある。
どんな形でも。
だが祭王としての権限には限りがあり、基本的に国からは出られない。
特別な儀式でもなければ。
今回立太子の儀はあったが、祭王が出るほどではないし、招かれなかった。
もっとも、行ったアークもミナを置いて帰ったわけだが。
「せめてその場に居たいよ。わがまま…だけどね」
前祭王だった叔父も、やはり同じ気持ちだったのを知っている。
「結界構築には…行けると思いますし、これから帰ったら手順の打ち合わせとか…色々、ありますよ…」
だがそういうことではないのだろう。
カィンは解っていたが、そう言うしかなかった。
「うん」
ルークも頷く。
出来ることは、いい。
ただ、出来ないことがあまりにも多くて。
再び溜め息をつく彼に、カィンはそれ以上言葉を掛けられなかった。
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