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その店
―Ⅰ―
その店は盛況だった。
焼き立てのフッカの香りが漂う店内には、所狭しと様々な種類のフッカが並べられていた。
フッカとは、主に、サズの粉を練り、焼いて膨らませたもので、本来の形は人の顔よりも大きな円形なのだが、その店では他にも、片手程度の手頃な大きさのもので、多種類を揃えていた。
固さの違いに味の違いはもちろん、中に具材を入れたり挟んだり、焼いた後に揚げたり、冷やしたり、様々な創意工夫がなされていた。
シェイドはその中からいくつか選び、盆にのせて会計し、知人と目を合わせて小さく笑いかけると、袋に入れてもらったフッカを片手に店の裏手に回った。
やがてその知人…ミスエル・カミナが出てきて、朝の挨拶を交わす。
「…今日は休みなの?」
ミスエルは赭玉石(しゃぎょくせき)の髪を後ろで束ね、長い袖を捲り上げた仕事中の格好だ。
シェイドは彼女を愛しそうに見つめて、やわらかく笑う。
「出てこなくてもよかったのに。仕事中だろう」
「休憩もらった。私の分もあるんでしょ?」
言われた通り、ミスエルの分も買っていたが、それは彼女が仕事終わりに自宅で摂るようにと用意したものだった。
「まだ食事には早いんじゃないか」
今は8時だ。
フッカ屋の朝は早く、朝食はずっと早くに済ませてある。
だがミスエルは大きく息を吐きながら、もうお腹空っぽ!と言った。
そうしてシェイドの腕を掴んで、店の裏のすぐそばにある細く暗い階段を駆け上がり、突き当たりの左手にある扉の鍵を開けた。
中には丸机がひとつと、背もたれのある椅子がふたつ。
窓からは朝の光が正面から入って、天窓からも光が落ち、机を照らしていた。
「座って!」
言われて椅子に座ると、袋から先ほど買ったフッカを出して並べ、ミスエルの方は保冷庫を開けて中からモルモル白乳を出した。
食器棚から飲み物用の器を取り出すと、急いで机に行って置き、器に白乳を注いだ。
「それで、サールーン国どうだったの?」
食べながら聞くと、シェイドは、ふと食べるのをやめ、思い出すように言った。
「灰がすごかったけど…」
「けど?」
シェイドは、自分が守るべき彩石判定師を思った。
「うん…一瞬にして降らなくなったよ」
まだ降り続けている地域もあるが…次は東西セルズだ、あちらもやがて止むだろう。
「すごいね、その…彩石判定師?」
シェイドは再び食べながら頷いた。
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