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ちょうど馬車が3台来て、客を次々乗せているところだ。
「馬の後ろに付いているのは客車さ。あれ1台に6人は乗れる。お前さん、どこに行きたいんだい」
問われて、ネリウスは地図の名前を確かめた。
「フォムステッツ騎馬場だ」
「おや、それじゃ、ここからでは行けないよ。あそこの小屋の前に立ってる係の小父さんに聞いてごらん」
言われるまま、大人1人入るといっぱいになりそうな小屋の前に立つ、人のよさそうな男の前に行き、フォムステッツ騎馬場にはどのようにして行けるだろうか、と聞いた。
「ああ、それならこちらだ」
そう言って、男はいくつかの小さな看板のひとつに案内してくれた。
その看板には罫線の中に時間が書かれてあって、男は時計を見てそのうちのひとつを指差した。
「8時ちょうどに馬車が来るから、それに乗るといい。それまで少し待つしかないんだがね」
「待つだけで来るのか?」
「ああ、来るが、もちろん料金は要るよ。馭者に払ってくれ。フォムステッツ騎馬場までなら…450ディナリだな」
男は胸の隠しから取り出した手帳を見てそう言うと、それじゃ、と片手をあげて、小屋の前に戻っていった。
ネリウスは改めてその場から周囲を見回し、馬車を待つ人々を観察した。
灰が降らないから外套は要らない。
その服装は明るく、常に灰まみれでくすんだ色合いの服しか着ない自国民とは大違いだ。
ネリウスは、ぼんやりと、それは不幸なことだろうかと自問した。
不幸とはなんだろう。
灰まみれでも、食べ物はある。
生きてゆける。
けれど。
灰のない世界に来て思うのだ。
あんなに息苦しい世界はない。
ネリウスは風の者なので自分の周りに清涼な空気を保つことが出来る。
それでも、やはり息苦しさは変わらないのだ。
風の力を持たない者はどれほど苦しい思いをしているだろうか。
物思いに耽っていると、荒い鼻息が間近で聞こえ、跳び上がりそうになった。
馬、という動物を初めて間近で見た。
驚いていると、馭者が、フォムステッツ騎馬場で間違いないですか、と聞いてきた。
「ああ、間違いない。450ディナリだったかな」
「ええ、そうです…ありがとうございます。どうぞお乗りください」
料金を支払うと促され、ネリウスは生まれて初めて馬車に乗った。
客車の中は影が多く、天井の四隅などは暗かったが、透明の硝子窓から光が入るので、同乗者の顔の判別くらいは出来る。
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