第1章

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 そっと寝顔に話かけてみても返事はなくて……。  ただ、私の手を握る力が少しだけ強くなった気がした――    「やだ! 連れて行っちゃやだよ~」  「お願い。泣かないで。この子はね、悪い病気なの。だから、早く他の子から離してあげないと、みんな病気になっちゃうのよ」  「やだよ、だって病院に連れて行かれたら帰ってこないって、みんなが言ってたもん。由美ちゃんちのワンコも秋人くんちの子も帰ってこなかったよ」  「それは……」  それは、思い出すだけで悲しくなる思い出だった。  大好きだったお隣の子犬が病気で死んじゃった時の記憶。  どうして今頃になって、夢に見るの? そう思いながら飛び起きた瞬間。  私は、ゾッとするような光景を見た。  「砂時計が……」  暗闇のはずなのに、なぜかそこだけ不自然に浮かび上がっている砂時計の濃い紫色の砂。  それは、確かに、下から上へとサラサラと流れていた。  「どうしたんだい?」  「フロリア……あれ……」  怖々砂時計を指差せば、途端に、フロリアの顔が強張る。  「……そういうことか」  「どうしたの?」  「この蔦と蛇が絡まりあう模様。どこかで見たと思ったけど、思い出したよ。呪いだ。忌まわしい過去に永遠に捕らえられるようにという」  「そんなものをどうして智哉君が?」  「多分、知らなかったんじゃないかな。小さい頃に透の所から持ち出して、違う記憶とごちゃまぜになったんだと」  そう言ったフロリアの言葉を、私は本当に信じたのか……。それとも、智哉君のことを疑いたくなくて、信じようとしたのか……。  それは、どうしてもわからなかった――  コンコン  「ああ、君だね……おいで」  ギィー  「ありがとう……さあ、こっちに」  「ええ」  あの砂時計は書斎にしまったのに、フロリアの悪い夢はおさまらなかったみたい。  だから、私はこうして、毎晩フロリアの部屋に訪れている。  私が手を握ってあげると見せるフロリアらしくない弱々しい笑顔が、胸に突き刺さる。  何かできることがあればいいのだけれど……。  「ハアッ、すまない、すまないっ……!」  「! フロリア、しっかりしてっ!」  「ハァ、ハァ、ハァッ……君、か……」  フロリアが汗を拭くふりをして涙をぬぐうのが、暗い部屋でも私にはわかった。
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