第32章 とばっちり

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 藤宮邸で一騒動あった翌日は、偶々美子の半月に一度の出社日に当たっていたが、特に延期にするわけでも無く、彼女はいつも通り美樹を伴って桜査警公社に出向いた。そして一階ロビーに入るまでは常と変わりなかったが、そこでいきなり美樹が走り出した。 「かづちゃ~ん! さくちゃ~ん!」  結構広いエントランスを横切り、奥で待っていた加積夫妻の元に駆け寄ったと思ったら、着物姿の桜の脚に両腕を回してひしっとしがみついた美樹を見て、老夫婦が揃って目を丸くする。 「あらまあ」 「おやおや」  居合わせた社員達も何事かと無言で視線を向ける中、美子はいつも通りの表情で悠然と歩み寄った。 「すみません、桜さん。美樹、着物が皺になるから離れなさい」 「……うん、ごめんね? さくちゃん」  母親に注意された為、すぐに手を離して上を向いて謝ってきた美樹に、桜は笑いかけてから美子に声をかけた。 「あら、構わないのに。じゃあこのまま美樹ちゃんは預かるわね」 「宜しくお願いします。美樹、いい子にしてるのよ?」 「うん」 「会長、ご苦労様です」 「こんにちは、金田さん、寺島さん。今日もお仕事は溜まっているかしら?」  待ち構えていた副社長とその秘書と、美子が挨拶する声を聞きながら、加積達は彼女達に背を向け、美樹を真ん中にしてエレベーターに向かって歩き出した。 「美樹ちゃん、今日何かあったのか?」  歩きながらさり気なく加積が尋ねてみると、美樹が真顔で見上げながら説明してくる。 「ママ、つの、ピョコン、けーかーけーほー」 「はぁ?」  それを聞いて、常には出さない間抜けな声を上げてしまった加積だったが、桜は感心した様に感想を述べた。 「それは……、『警戒警報』って事かしら? 美樹ちゃんは難しい言葉を知ってるのね。偉いわ」 「それより、美子さんがそんなに怒っている様には、見えなかったがな」 「あのね? きのう、にほん。きょう、いっぽん」  相変わらず真顔で、右手で二本、左手で一本、指を立ててみせた美樹を見下ろした加積は、僅かに口元を歪めてコメントした。 「……角が減って、良かったな」 「これは、随分面白い話が聞けそうね」  何とか笑いを堪えた加積とは反対に、桜はいかにもおかしそうにクスクス笑い出す。それに加積はさり気なく釘を刺した。 「聞いても構わんが、仕事が終わってからだぞ?」
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