第28章 淳の憂鬱

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 冷静に指摘されて腹を立てた良子が非難の声を上げたが、淳は落ち着き払って言い返した。 「俺は社会通念上の問題を口にしているだけだ。それに留守録では『結婚を認めてあげる』とか言ってたが、そんな上から目線で言われたら、美子さんが『何様のつもりだ』とせせら笑う事確実だ。若い女にそんな扱いをされて、頭に血が上って醜態を晒したのか。確かに二流旅館の女将風情と言われても、文句は言えないな」 「淳! あんた自分の親を笑い物にする気?」 「少なくともお袋がここで喚き立てなければ、俺が若干問題のある話のモデルだと、職場で噂になる可能性は皆無だったんだがな。これ以上余計な事を喚くと、あんたを業務上妨害で訴えるぞ」 「なっ!? あんた、実の親を訴える気!?」  息子の口から告げられたとんでもない内容を聞いて、良子は思わずソファーから立ち上がって叫んだ。しかし淳は微塵も動揺せず、淡々と最後通牒を告げる。 「これ以上考え無しな行動をすると、そうするって事だ。今回だけは大目に見てやる」 「それが親に対して言う言葉!? この親不孝者!」 「おい、良子!」  良子が勢い良く払った右手は、かなりの勢いで淳の左頬を打つかと思われたが、慌てて潔が手を押さえるまでも無く、淳が素早く顔の横でその手を捕らえた。そして感情のこもっていない、淡々とした口調で告げる。 「悪いな。親を殴るつもりは無いが、黙って殴られる気も無いんだ。……それで? 気は済んだのか? だったら未来永劫、俺に構わないで欲しいんだが。勿論、美実や藤宮家にもだ」  そこで良子は淳の手を振り払い、捨て台詞を吐いて足音荒くドアに向かって歩き出す。 「誰が、あんな家の人間と関わり合いになりたいものですか! あんたも野垂れ死のうが何をしようが、もう知った事じゃ無いわ!!」 「そうしてくれ」 「悪かった、淳。落ち着いたら連絡する」 「ああ」  慌てて後を追う父親に、力無く笑ってみせた淳は、二人の姿がドアの向こうに消えると同時に、両手で顔を覆って呻き声を上げた。 「……やってくれた」  そのまま無言で項垂れていると、軽いノックに続いて、丸盆を持った各務がドアを開けて入って来た。 「小早川先生、大丈夫ですか?」 「はい、お騒がせしました、各務さん」
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