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その日の夜、帰宅した秀明は、一階で義妹達から美子が夕食も食べずに既に休んでいる事を聞き、彼女達を心配しない様に宥めてから、様子を見る為に二階へと向かった。
夫婦で使っている二間続きの部屋に入ると、確かに手前の部屋には人影は無く、秀明は鞄を置いて静かに奥の寝室に入ってみる。
「美子? 寝ているのか?」
ベッドに歩み寄りながら控え目に声をかけてみると、熟睡はしていなかったのか、美子がゆっくりと起き上がった。
「お帰りなさい。出迎えなくて、ごめんなさい」
そんな事を神妙に言われた秀明は、ベッドの端に腰かけながら笑い飛ばした。
「構わないさ。近年、稀に見るブス顔だ。お前がそんな顔で皆の前に出たら、この家の全員が動揺する」
「……酷い言われようね」
確かに泣き腫らしたみっともない顔だとは自覚していたものの、面と向かって指摘されて面白い筈も無く、美子は顔を顰めた。しかしその反応が面白かったのか、秀明は益々楽しそうに話を続ける。
「事実だろうが。俺の奥さんは泰然自若に見えて、実は結構負けず嫌いな上、やせ我慢が好きだからな」
「分かっているなら放っておいて」
「そうはいくか。勤務中と分かってて、わざわざ電話をかけてくるなんて、何事かと思ったぞ」
クスクスと笑いながらさり気無く自分の左手を取り、薄暗い照明の下で見下ろしてきた夫を見て、美子は憮然とした表情になった。そしていつの間にか黙り込んでいた秀明が、小さく溜め息を吐いたと思ったら、真顔で言い聞かせてくる。
「全く……。明日になっても痛む様なら、ちゃんと外科で診て貰えよ?」
「そうするわ。明日の朝には、普通に起きるから」
「ああ、取り敢えず、大丈夫そうだな。今夜はゆっくり休め」
そして再び横になった美子を眺めてから、秀明はスーツから私服に着替え、夕飯を食べる為に一階へと下りて行った。そして食堂に入ると、秀明が二階に行っている間に彼の分の夕食をテーブルに揃えていてくれた美野が、心配そうに声をかけてくる。
「お義兄さん。美子姉さんの様子はどうでしたか?」
「ちょっと色々精神的に疲れただけで、今日ぐっすり休めば明日は大丈夫だろう。手の怪我も大した事は無さそうだし、心配要らないさ」
そう断言したのを聞いて、彼女は明らかに安堵した顔付きになった。
「そうですか。じゃあ用意ができましたから、食べて下さい」
「ああ、ありがとう」
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