246人が本棚に入れています
本棚に追加
そして秀明は広い食堂で、(本当に面倒な事になった)と内心で愚痴りながら、一人で夕飯を食べ始めた。
それから十分程して昌典も帰宅したが、いつも出迎える筈の美子の姿が無い事に困惑した表情になった。
「戻ったぞ。美子は?」
居間に入ったものの、そこにも姿が無かった美子について尋ねると、食堂から戻っていた美野が、ソファーから立ち上がりながら理由を説明した。
「あ、お帰りなさい、お父さん。美子姉さんは少し体調が優れないから、お夕飯は私が作ったの。今出すから、ちょっと待ってて」
「そうなのか? 分かった。頼む」
しかしどことなくその場を逃げ出す様な素振りの美野を見て、昌典は僅かに顔を顰め、ソファーに座って安曇を抱えてあやしていた美恵に声をかけた。
「美恵。美子は病院にでも行ったのか?」
「そういうわけじゃ無いから安心して。姉さんの事だから、明日にはいつも通りになってるわよ」
美子以上に藤宮家の一員である事に誇りを持っている父親に対して、美実も美子も口を割らない為詳細は分からないながらも、かなりの確率でこの家の事を罵倒された事など間違っても口にできるかと、康太と妹達に口止めした美恵はしらを切ったが、その微妙な雰囲気を察せられない昌典では無く、僅かに目を細めて詰問した。
「……今日、何があった?」
「別に。何も?」
そこで昌典は冷や汗を流しながらも辛うじて笑みを浮かべた美恵から、その隣にいた康太に視線を移した。
「谷垣君?」
しかし探検家だけに康太の肝の据わり方は半端ではなく、平然と義父に微笑み返す。
「俺が出版社に出向いている間に、お客が来たらしいですが、これといって変わった事は無かったと思いますが?」
「ほう? そうか。客が……」
これ以上問い質しても口を割らない事は分かり切っていた為、(この男といい秀明といい、食えん奴ばかりだ)と義理の息子達に内心で舌打ちしていると、ドアを開けて美幸に連れられた美樹が居間に入って来た。
「あ、お父さん、お帰りなさい」
「おじーちゃん、おかえり~」
「おう、美樹。良い子にしてたか?」
「うん!」
「今日来たお客様にも、きちんと挨拶したか?」
孫娘に出迎えられて相好を崩した昌典にホッとしたのもつかの間、笑顔のまま美樹に誘導尋問を繰り出したのを見て、美恵は肝を冷やした。そんな叔母の心境など全く知らない風情で、美樹が笑顔で頷く。
最初のコメントを投稿しよう!